等心大〜tou・sin・dai〜

悶々と考えながら
楽譜の整理をしていると
後ろから
お客さんが私に
声をかけた。



「すみません、
 バッハの平均律の楽譜が
 欲しいんですけど」

「はい」


振り向くと
スラリとした背の高い
スーツ姿の男の人だった。






一瞬、
見とれてしまった。


肌がキレイで
清潔感のあるさわやかな
感じのいい人だった。

オシャレで
仕立てのよいスーツを着ていて

正直、
友貴のスーツと比べてしまった。


年は30代前半、と
いったところだろうか。



「初心者なんで
 どれがいいかわからなくて」

「初心者で平均律なんて
 すごいですね」

「好きなんです、バッハが」



声や表情も
優しくて
本当に素敵な人だ。



今朝はマッサージもしてないし
シャワーも浴びてない。
髪もブローできなかったので
テキトーなアップだ。





昨日泊まらなければよかったな。

ちょっとだけ
友貴をうらんだ。


友貴が泊まってけなんて
言わなければ
泊まらなかったのに。

こんなとき
ヒトのせいにするのが
私の悪いクセ。





「バッハでしたらやはり
 ヘンデ版が一般的でしょうね」

「ヘンデ版…」

「でも初心者でしたら
 春秋社のものが価格も手頃で
 使いやすいですよ。
 なかなか中身もいいですし」

「なるほど」