「初めまして、井村 翔太です。ナナさんの職場でデータ管理課・課長をしています。32歳です。」


明らかに仕事モードの井村を見て、あ、やっぱりこの人切り替え上手い人なんだな、と感心する。


「兄の圭史です。沢渡から君の話は聞いてるよ。」

にやり、と嫌味たらしく笑った圭に対しふわっと笑顔になる課長。

「あまりいい話でないことはわかっています。自業自得ですから。」


スマートだなぁ。

なんだろ。相手が自分の悪い所を知ってるよ、と言ってるのにこの余裕。


「ナナとはお試しだって?」

切り込む圭に井村はひるむ事なく答える。
「はい。あ、ナナさんを試すわけではありません。僕を試して貰おうかと。この通り、いい歳していい噂のない僕ですから。ナナさんに試して貰って、合格ならお付き合いさせてもらいたいと思っています。」


ちゃんと考えてたんだね、課長。
あたし、好きとも付き合うとも言わないのに。


「この通りナナは気が強くて女らしい所がない子なんだが。歳が離れてるせいもあって俺はナナを可愛がってきたし、幸せになって欲しいんだ。
君にはナナを守れる力があるのか?」


「それも含め、試してもらいたいんです。」


終いには睨み合い。


あはは、なんか変だわ。


「やめてよ、もう。圭、仕事じゃないんだからやめて。」

クスクス笑いながらそう言うと圭は仕方ないとばかりに破顔した。

「だな。仕事じゃねぇんだし。よろしくな、井村君。この通り、刑事なんかやってると話ししてるつもりが尋問みたいになっちまうんだ。

普段は別々に生活してる。

ナナを頼むな。」

差し出された右手。
圭のゴツゴツしたごっつくて大きな手。

「はい。」

その右手をしっかりと握った、これまた大きなごっつい手。
意外だな。課長、男らしい骨ばった手をしてるんだな。


「じゃ、行って来い。俺は自宅に帰る。何かあったら連絡しろよ。」


ヒラヒラと手を振りソファから立ち部屋を出て行く圭。


後に残されたのは気の抜けた顔をした井村とホッとしたナナだった。


「怖ぇ〜!」


まるでメールのやり取りのまんまだった。


「あはは!課長、引きつってますよー!」


顔を見合わせて笑いあう。

「プライベートだから課長はやめろって。」
「あ、忘れてた。」

こいつ、と言いながら立ち上がった井村に軽くゲンコツを頭に当てられた。

「じゃ、行くか。」
「はい。」


並んでうちを出る2人を後ろから眺めていた圭は、もしかしたら、井村がナナを救ってくれるかもしれないと思った。



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