思い返すは、二年前の春――


 未奈は必死に涙を堪えていた。

 連れて来られたカウンターバーは初めて訪れた店で、ここに未奈を連れてきた張本人である自分の男――雅也(まさや)は、未奈の知らない香水をまとっている。更には、いつもなら飲まないだろう強い酒を頼む彼の左薬指に、これまた見たことのないシルバーリング。

 これだけ典型的な別れの材料を並べられても、未奈はただ涙を堪えた。

 最後の意地だった。泣いて縋りつくほど好きだだったなんて、今から別れを告げてくるヤツに思われたくなどないのだ。

 一年半付き合っている雅也から「今から会わないか」とメールが来て、久々のデートの誘いだと、嬉しそうに準備をしていた過去の自分を、未奈は叱り付けてやりたかった。

 くるくるに巻いた髪が笑っている――馬鹿ね。綺麗にしたところで彼は見てくれないわよ、と。

 白いスプリングコートが泣いている――おろしたての服で現れたのが、別れの舞台だなんて、と。

 ――馬鹿、みたい……。

 どうしようもなく落ち込みながら、それでもそれに気づかれぬよう、澄ました顔を作り、未奈は目の前のバーテンにスプモーニを注文した。