それから数日経ったある日の事。あたしは山崎を連れ立って町に来ていた。
「なーなー鈴、昼飯どないする? 俺腹ったわ」
「あら、もうそんな時間かい?」
「うん。俺の腹がゆうてる」
ポンポンと自分のお腹を叩きながら言う山崎を見て、あたしはクスリと笑みをこぼす。
「そうだねぇ。今から帰っても多分あたしらの分の飯残ってないだろうから、外で食べちまおうか」
「賛成!」
「と決まればどの店に入るかだよねぇ」
辺りをきょろりと見渡しながら呟く。 天ぷらが美味しいと有名な尾国屋。活きのいい魚ばかりを扱っていると有名な丹波屋。どれも捨てがたい。
「山崎は何食べたい?」
「俺は鈴と一緒やったら何でもええよ」
そう言って無邪気な笑顔を向ける山崎。
本当に可愛いんだからこいつは。
「あんたの好きなもんお選びよ。今日は買い物付き合ってくれたお礼にあたしが奢るからさ」
「ほんまに? せやったら俺な、行きたい店あんねん」
「行きたい店? どこだい」
「こっち、すぐそこや」
言うと山崎はあたしの腕をひいて歩き始めた。
こっちこっちと手招きする山崎について歩きたどり着いたのは……。
「お兄さんよっててぇな。うちが気持ちよくしたるし」
「なぁええやろ。ちょっとだけやって」
肌も露な女逹が建ち並ぶ店先で客寄せをしてる、花街・島原だった。
「あんたにはちと早いんじゃないのかいここ」
いくら山崎がマセたガキだからってまだ寝ションベン垂れてんのに廓なんかまだ早いだろ。
「たまってんならあたしが相手したげるからもう少し大きくなってからにしな女買うのは」
そう言えば山崎は顔をタコの様に真っ赤にして声を荒げる。
「ちゃうわボケ! ここに美味い飯屋があるんや!!」
「そうなのかい?」
「せや、勘違いせんとき。俺を新八や副長みたいにみんといて」
頬をぷくっと膨らませて、その幼い顔いっぱいに怒りを露骨に表した彼の頭を撫でながら謝罪する。
「ごめんごめん。そんなつもりじゃなくてさ」
そうだよね、山崎に限って廓なんかに行くわけないやね。むしろこいつが花街に通ってたらあたしゃたまげて寝込んじまうわよ。
「そ、それに俺は鈴一筋や。他の女に目なんかくれるかい」
ポツリと山崎が何か呟いたけど、その言葉は町の喧騒に消されてあたしの耳に届かなかった。
あたしが「え?」と聞き返すと、山崎は「なんもない!」とズンズンと歩いていってしまう。
「なぁに怒ってんだか」
「はよしよし!」
「はいはい只今!」
花街の北っかわにその店はあった。あばら小屋風のその店は少し気味悪くて、あたしはつい足を止めてしまった。
「こ、ここかい?」
「せやで。おせとおるかぁ~?」
さっさと小屋に入って行った山崎について中に入ろうとしたけれど、やっぱり少し躊躇してしまう。
だって見た目店って感じじゃないし、飯屋にしてはちょっと、なんて言うか……。
そうこう考えを巡らせていると、ひょっこりと山崎が中から顔を覗かせる。
「どないしたん?」
「えっ、いや、ちょっと……ねぇ」
もごもごと口の中に言葉を留めていると、山崎が呆れた様に溜め息をついた。
「あんなぁ見た目で判断したらあかんねんで。味は天下一、俺のお墨付きや」
「お墨付き以前に何の店なんだいここは」
花街から離れた場所で、重ねるように建てられたあばら家は到底店には見えない。
口悪く言えば置き屋にしか……。
「ススムちゃん、無理意地したらあかんよ」
山崎の後ろからひょっこり一人の少女が顔を覗かせた。年の頃は山崎の一つ二つ下くらいかしら。
腰に手をあてあたしの前に立つと、まるで値踏みする様に頭の毛先から爪先まで見下ろす。
な、なんだいこの子は?
「お姉さん花街の人?」
「え!?」
「あほ! 鈴は俺んとこにおる姉ちゃんやゆうたやろ」
「だっていい香りするし。花街の匂いや」
そう言ってくんくんとあたしの着物の匂いを嗅いでくる女の子をあたしは身を退きながら見る。
「やめぇ言うとるやろ」
見かねたのか、山崎が女の子とあたしの間に入りこんで止めてくれる。
女の子は少し不満げに眉をよせると、フンとそっぽを向いて小屋の中に入って行ってしまう。
「な、なんなんだいあの子」
彼女の挙動にぱちくりと目を瞬かせながら山崎に訊ねる。
山崎は山崎でむすぅっと不機嫌な顔を露骨に出してる。
「あいつお瀬戸って名前。俺ん友達」
「あんたの友達? なんだいあんた、同じ歳の知り合いなんていたのかい」
意外だねぇ。屯所内でもほぼ毎日永倉と一緒にあたしの周りをうろちょろしてるこの子に友達がいたなんて。しかも女の子!
「結構可愛い子じゃないか」
フフフと笑み、からかい口調で言えば山崎の眉がピクンと跳ね上がる。
「ちゃうで! 俺とお瀬戸はそんな関係やあらへん」
「あらぁ、あたしはただ"可愛い"って言っただけだけど」
「嘘や、絶対いらん事考えとるやろ自分」
「フフ、そんな事ないわよ」
あらあら顔真っ赤にしちゃって可愛いったら。そうだよねぇ山崎ももう十一になる男の子だもの。好きな子の一人や二人出来てもおかしくないわよね。
「何もない言うといてその笑い顔はなんやねん!」
「この顔は生まれつきだよ」
「嘘つけ!」
ぎゃあぎゃあとまるで子供みたいなやりとりを繰り広げていると、不意に後ろから名前を呼ばれてあたしは肩を揺らし振り向いた。
「お鈴?」
「え?」
振り向いた先にいたのは明里姐さんだった。

