「えっ? なんで灰川さんの事っを、知ってるんですか?」


 私は思わず、声が裏返ってしまう。

 まさかこんな場所でその名前を聞くことになるとは思ってもいなかった。彼を知るのは柚子くらいだとばかり思っていた。


「裏じゃ結構有名人じゃないですか、あの人。俺らのサークルの中でも知ってる奴ちょいちょいいますよ」


 ――サークル。
 
 ――ああ。

 なるほど、思い出した。どこかで聞いたことがあると思ったら、そういうことか。どうりで詳しいわけだ。


「――君、『オカ研』の『冥惑奇者』ね?」


「あれ、なんだ。俺の通り名まで知ってたんすか。それなら話早いすね」



 通り名? 悪名の間違いだろう。

 オカルト研究サークル所属の二年、白条慎也。

 一言で言えば、変態心霊マニア。

 奇怪な現象にはなりふり構わず食らいつく。数カ月前に、心霊現象に悩んでいた生徒にしつこく取材を試みて激しく拒絶されていた様子を私も目撃している。……たしか何発か顔面を蹴られていた気がする。

 その怪奇現象への情熱と、呆れた事に、ほしい情報が手に入るまで徹底して体験者を追い回すことから、付いた忌み名が。

 ――『冥惑奇者』である。



「……どうして灰川さんに会いたいの?」

「――『依頼』ですよ。あの人の力を借りたい。どうしても解決してほしい事件がありまして」


 そう、言われると無碍に突き放すわけにもいかないのだが。

 依然としてこの人からはどうも受け入れがたい雰囲気が漂ってくるのは、気のせいだろうか? 


「……依頼なら、直接事務所に連絡すればいいでしょう?」

「ええ。でも俺は瑞町先輩にも興味があったもんでね。あの灰川さんが助手を雇うなんて未だに信じられなくて。この機会に話してみたかったんですよ」


 私はその爬虫類のような視線に思わず身震いしてしまう。

 やめて。眼鏡クイってしながら微笑まないで。


 ……とにかく、この人が簡単に食い下がらないことは容易に想像がつく。仮にもあの噂の奇人だ。変に付きまとわれるのも願い下げだ。

 どうせ事務所に向かうところだったことだし、私は微妙に距離を保ちながら、そのまま白条と共にいつもの事務所に向かったのだった。


 ――もっとも、すぐに後悔するハメになるのだが。