――8月27日。
水面下では悍ましいモノがゆっくりと根を張りながら、その時を待っていたのだ。闇の中を蠢く影をとらえることは難しい。およそ大多数の人間にとっては、それがいざ自分の目の前に飛びかかってくるその時まで、気づくこともできないのだ。
「……今日で、7件目」
どこまで関係性があるのかもわからない。
しかし、あれから立て続けに凄惨な猟奇殺人事件が発生していた。その犠牲者たちは皆――……。
私は、報道番組に耳を傾けながら視線を落とす。携帯のライブ映像の中で、キャスターがその詳細を語りだす。
「『今回も連日の猟奇殺人事件と同じく、死体は犠牲者宅の箪笥の中で発見されました。警察は同一犯による犯行との見方を強めており――』」
もはや、疑いようがない。
最初の三船慎吾の事件からもう一週間が経過。その間に犠牲者は合わせて7人。
この異常な殺人のペースはどう考えても人間業ではない。
ヒトではない、ナニカが確実に関係しているのは明白だ。
……だが、だからと言って私になにが出来るというのだろう。私には、感じる力はあっても、進むべき方向がわからなかった。全方位を霞に覆われた中で正しい進路を見出すには、絶対的に足りないものがある。
……もう、頼るしかない。彼の仕事とは無関係でも、これ以上事態を悪化させるわけにはいかない。
私は大学を出て事務所へと早足で向かう。
そのまま校門を抜けた時だった。
「――あの、瑞町夕浬さんですよね?」
不意に背後から声がかかる。聞き覚えのない声だった。
「……あなたは?」
「どうも、はじめまして。 俺は白条慎也っていいます。二年っす。ちょっと伺いたいことがあって」
すらりと細い手足に、猫背の骨格。雑草のような傷んだ髪に、大きな黒縁眼鏡。
第一印象はお世辞にも良いとはいえない青年だった。
それにしても白条……?
どこかで聞いたことがある名前だが……。
「……なんですか?」
「……灰川倫介さんをご存知ですよね? 彼の事務所まで案内して
いただけませんか」