夢幻の魔術師ゲン

 嘘も方便。

 怪しまれないように平静を装ってステラは言う。

「そ、そうなのか? まあ、そういう事情なら教えてもいいが……約束してくれ。あそこには絶対に近づいちゃだめだ」

「それなんですけど……どうしてですか? 昨日の夜、叫び声が聞こえたとか言ってみえましたけれども……」

 クロスティアというのは屋敷の名前。

 ということは、あの少年はその屋敷に住んでいるのかもしれないという見解が立ったが、この夫婦の話からしてもクロスティアは街の人々に忌み嫌われているようである。

 ステラの問いに、今度は女が思い出すのも嫌そうな顔をして答えた。

「あの屋敷は昔から妙な噂が立っていてね。入った人間は二度と出てこないとか、夜な夜な悲鳴のような叫び声が聞こえるとか。まぁ、いろんな噂があるんだけど、とにかくまず外観が不気味なんだよ。人など住んでいないかも分からないくらいに寂れていて……こう、何というかね。出るらしいよ」

「出る?」

 問い返したが、女はうなずくだけでこれ以上答えようとしなかった。

 代わりに、鐘楼を指差した。

「屋敷の場所だったね。あそこに塔があるだろう? あそこから西の方角を真っすぐ行けば、町で一番大きい公園があるのさ。その公園をさらにまっすぐ北に十五分くらい進めば高い丘に登る。屋敷はその近くだよ。周りに家はほとんどないし、やたら大きくて古いから、行けばすぐにわかるだろうさ」

「あ……ありがとうございます」

「けれどいいかい? 絶対に、絶対に近づいちゃダメだからね。何があっても保証できないから」

「……はい」

 どうやら彼らの見解では、クロスティアはそれほど恐ろしい存在らしい。

 またも二度押しされたが、夫婦の良心を裏切ることに多少の罪悪感を抱きつつも、やがて長蛇の列から解放されていくつか菓子を購入したステラは、クロスティア邸に向かうべくまずは鐘楼を目指した。