が、あたしはハッとして、歩みを止めた。

「待って、ミシェル!」

あたしの大声に、他の3人から、訝しげな視線を、一斉に向けられた。

「ミシェル、言ったよね?予言の家に行けば、帰る方法がわかる、て。でも、今、直哉には、わかるかも、て、言い直していたよね?どういうこと?」

あたしは一気にまくしたてた。

直哉の咎めるような視線が、ミシェルに向けられた。

「時空での移動は、本来2人が限界なのだ。が、現実に3人でこの世界に来た。初めてのことだ。どこかで何かが、変わってるようだ。すると、今まで当たり前だと思っていたことにも、変化があるかもしれない」

「じゃあ、その予言の家とやらも、あるかどうかも、わからないかもしれないのか?」

直哉が呆れたように聞いた。

「そういう大事なことは、先に言えよ?俺ら、訳わかんないまま、あんたについてるんだぜ?」

「そうだな。すまない。私自身も確証が掴めず、君たちにただ不安を与えるだけなら、と思って、言わなかった」

「あんたさ、一緒に行く、て時点で、俺ら仲間……とまではいかないかもしれないけど、あんたのことわからないし、だけど、これから一緒に何かを始めようという段階で、相手を疑っていたら、正しく進めなくなるぜ?」

直哉は真っ直ぐに、ミシェルを見ながら言った。

「そうだな……。君達には、これからは、良いことも悪いことも、必ず伝える」

あたし達は、ミシェルの言う「悪いこと」に、動揺しなかったと言えば、嘘になる。

でも、進むしかない。

「行く前に、自己紹介をしよう。……それに、私はあんたではない」

ミシェルは直哉を見て、微かに笑った。

直哉は、ハッとした顔をしながらも、口を開いた。

「悪い」

それだけ言うと、唇を噛んでいた。

あたし達は、この状況にストレスを感じているのが、率直な感想だ。

でも、皆で進んでいかないといけない、と、再び意識を強く持った。

「私はミシェル。君達の世界において、300年前にフランスにあらわれた、サンジェルマン伯爵だ。もっとも、ミシェルが正しい名前だが。私はフランスを出ると、次に、この世界に来た。きっかけは……個人的な理由で、今回のことには無関係だ。……平たく言えば、恋人を失ったからだが……」

ミシェルは最後のほうは、弱々しい口調になった。

恋人を失った?失恋かしら?

「私がフラれただけの話で、彼女は、幸せな人生を送った。私は、失恋のショックから立ち直れず、あてもなく時空を旅し、やがてこの世界に来て、フランスにいた時と同じように、錬金術を行いながら、放浪していたところを、国王のルカリオに興味を持たれた」

ミシェルは一息つき、視線を記憶の波に漂わせているようだった。

「ルカリオは、私と同じ年で、幼い頃から、帝王教育ばかり受けて、世間知らずなところもある。同じ年で、書物にしか載っていない錬金術を実際におこなう私のことを、気に入ったようだ。また、私はこの世界の住民ではないから、最初は客扱いされた。だが、ルカリオは私がこの世界の金をいくら作ったところで、受け取らなかった。愛人ばかり作るルイとは違った。ルカリオは、錬金術の弱点を探り、人の心が金の亡者にならないよう、手を打ちたかったようだ。ルカリオは、錬金術に夢中になる私に、人の心は錬金術で動かしきれるものではないことを、時間をかけて教えてくれた」

ミシェルはそこでニヒルに笑い、

「なんで、フランスで一番の金と、名高い名声を得た私が、フラれたか、やっとわかった」

と、言った。

「ルカリオとは長い時間を積み重ねながら、互いに友情を深めてきた。時には金の亡者と罵ってきたルカリオだが、私も彼には、自分の弱さも寂しさも素直に明かせる。愛されて育って、世間知らずなところもあるが、彼といると、心が安らぐ」

あたし達は黙ってミシェルの話を聞いていた。

「ルカリオは、この世界に絶対な必要な国王だ。おっとりしているが、決断が早く、愛を知っている彼は、人の心から依存心を取り除きながら、弱き者をも自立させていく世界を作っている。人の心は弱い。だが、弱さに打ち勝つことで、人は真に強くなる。そういった人間が増えれば、争いのない世界になると願っている。私は、その気持ちにブレがない彼が、大切なのだ」

やがて、最後に声を震わせて言葉を吐いた。

「彼を失うなど、あってはならない。彼の不治の病は、あれは、ただの病ではない。呪いがかかっている。それも強大な。私はそれに対し、責任がある。私がこの世界で錬金術など見せてまわったがために、欲に目がくらんだ邪悪な心を、ルカリオに引き寄せてしまった。だから、必ず、彼を助けたい」