それはそうだ。

あたし達2人に加えて、もう1人、直哉が来たのだから。

「誰だ、その男は……?」

「お前こそ誰だよ?」

ミシェルと直哉が睨み合った。

あたしは不覚にも、ミシェルのほうがイケメンかな、と思ってしまった。

「待って……。直哉は、彼は、沙奈の彼氏なの」

ミシェルは、あたしを見て、次に菜摘に目を向けた。

あたしには、心なしか、ミシェルの菜摘を見る視線に、ホッとしたものを感じた。

ミシェル、もしかして……?

「沙奈!ちょっと、説明しなよ?」

菜摘に促されて、慌てて説明した。

同時に、直哉にも、事の経緯を説明した。

ミシェルは黙って聞いていたが、やがて、ふうと吐息をもらした。

あたしの胸が、また不覚にも高鳴ってしまった。

ミシェルはあたし達より、10は年上に見えるけど、700歳なんて、超絶おじいちゃんだ。

だけど、柔らかそうなプラチナブロンドから見える、澄んだ青い眼差し、引き締まった口からは、大人の落ち着いた雰囲気が漂い、

何よりも、静かなその眼差しが、端正な顔立ちをより引き立て、ついつい見入ってしまう。

直哉がいるのに……。

あたしは後ろめたさをかき消すように、直哉に、

「あの化学式、覚えてる?」

と、少し声のトーンを上げて聞いた。

「……覚えてない」
「えっ!」

あたしと菜摘は、同時に声を上げた。

直哉は手にしていたリュックを背負い、

「忘れたよ。訳わかんねえことが起きて、吹っ飛んだ」

と、言いながら、あたしのほうを見た。

「帰ろうぜ?」
「あたし達だって帰りたいけど、見てみなよ、ここ?あたし達のいる世界じゃないよ?」

直哉はミシェルを見て、

「あのさ、帰してくれる?」

と、かなり上から目線な口調で言い放った。

あたしは、こんな直哉を見たことがなかった。

直哉は年相応に見えるけど、笑うと赤ちゃんみたいな感じで、刈り上げた短髪と相反して、母性本能がくすぐられてしまう。

ちょっと年上キラーなとこもあるせいか、しかも、勉強も出来て、穏やかな性格で、モテるほうだ。

だから、直哉が上から目線な口調で話をしたとこなど、見たこともない。

「帰したいけど、もう私には、君達を帰す力がない。暫く時間がいる」
「時間てどれ位だよ?」
「1ヶ月は」
「は?1ヶ月?他になんか方法は無いのかよ?」
「あるにはある。この世界には、予言の家という、話をする家がある。そこへ行けば、わかるかもしれない」
「かも、て何だよ?じゃあ、確実なのは、1ヶ月待つことなのかよ?」

ミシェルは黙って頷く。

「あんた、1ヶ月もこいつらが家に帰らなかったら、大騒ぎになるのわかんない?今日1日だって、無茶なんだぜ?」

うっ、あたしは浮気者のように、今度は直哉に胸が高鳴った。

直哉はやっぱり、素敵だな……。

と、思う横で、菜摘は少し俯きながら、頬を染めていた。

「君達の世界の時間は、調整した」
「調整?てことは、いつ帰ろうとも、何事もない状態なんだな?」

ミシェルは力強く頷きながら、また菜摘をチラリと見詰めた。

「あともう一つ。俺は、化学式を忘れた。それでいいのか?」

ミシェルは苦しそうに顔を歪めた。

「一つも覚えてないか……?」
「最初の部分は頭にあるけど、後半が全く記憶に無い」
「半分か……。予言の家は、こういったことはわからないしな……」

ミシェルは心底、悩んでいるようだった。

「待てよ、スケルトンハウスなら……いやいや……」

やがてミシェルは意を決したように、真っ直ぐにあたし達を見詰めた。

「残りは私がどうにかしよう。私と一緒に来てくれるか?」

あたし達は3人とも頷いた。

これしか方法が無いなら、仕方ない。

ミシェルがくるりと背を向けた先には、もう一つドアがあった。

ミシェルの背後にあり、見えなかったが、何の変哲もないドアだった。

あたし達は歩き始めたミシェルに続き、ドアに向かった。