あたし達は、記念館のドアの前で、たしかに落ちた筈だった。

「……え?」
「沙奈、あたし達……」

繋いでいる手を離すなど、怖くて出来なかった。

あたし達の目の前には、記念館のドアがあり、周りは公園で、何も変わったところなどなかった。

「菜摘、あたし達、今……」
「うん……」

サクサクとゆっくり土を踏みしめる音が聞こえた。

辺りには誰もいない。

いつもなら、まだ人通りが多い公園なのに、誰もいない中で、歩くような音だけがする。

変だ……。

あたし達は、汗ばむ手を強く握り合った。

音は記念館の中から聞こえるようだ。

やがて鍵の開く音がし、中から一人の男性があらわれた。

あたしは悲鳴を上げそうになった。

誰もいない公園に、記念館から鍵を開けて、背の高い男性が出てきたのだ。

その上、男性は、20代に見えなくもないが、服装がおかしい。

服装だけではない。髪型もだ。中世ヨーロッパの騎士のような格好だ。

「な、な、何この人……」

あたしは菜摘の腕を引き、逃げることにした。

が、菜摘はピクリとも動こうとしなかった。

「サ、サンジェルマン伯爵……」

菜摘が震えながら、呟いた。

「……サンジェルマン伯爵?何言ってるの?菜摘、早く!」

あたしは菜摘の手を引っ張った。

「サンジェルマン伯爵?私は、君たちの世界では、そう呼ばれているのかな?」

男性は、穏やかな口調だった。

「菜摘、何、サンジェルマン伯爵て……?」

あたしは動こうとしない菜摘に、尋ねた。

「ルイ15世がいた頃、300年位前に実在したらしい、自称、何百年も生きて、世界中を知ってる人……」

菜摘もやはり怖いことは怖いようで、声が震えていた。

「そう、私は、今は700歳。君が言ったことはその通り。もっとも、サンジェルマンなどという名前ではなく、ミシェルだが」

何この人!?いわゆる、マジキチてやつじゃん!

菜摘も、頭が混乱してるよ、絶対。

あたしはデニムのポケットからスマホを取り出して、頭がフリーズした。

スマホの画面いっぱいに、TVの砂嵐のようなものが映っていた。

慌ててタップしたり、電源ボタンを押したりしたが、何も変わらない。

「やだ……壊れた……?」

声が涙ぐんできた。

「壊れたのではないよ?時間の空間がよじれて、電波がキャッチできてないだけだから」

ミシェルはあっさりと伝えてきた。

「君たちは状況がわからないようだから、説明しよう」

ミシェルはプラチナブロンドの柔らかそうな前髪を軽くかき上げた。

少しあどけなさも残る顔つきとは裏腹に、澄んだブルーの切れ長の眼差しは、冷たく落ち着いている。

ミシェルの話によると、ミシェルのいる世界では、今、国民に慕われている国王が、不治の病に冒され、沙奈達のいる世界にある薬が必要だった。

そこで時空を超えて、薬を手に入れることにした。

そんな時に、沙奈達の世界から、時空を開ける鍵が突然開かれ、沙奈達は、ミシェルの世界に引き込まれたようだった。

「これが、鍵の役目になっていた」

ミシェルが差し出してきたのは、100円玉だ。

「この硬貨は、私が作ったもので、銀100%だ。君たちのいる世界に行く為には、まずこの場所に時空の波に乗って行く。が、ここは鍵がかかっている。開けるための鍵が必要だ。その為に、作った」

更にミシェルは話を続けた。

ミシェルがこの世界に来たのは二度目だった。

一度目に来たときは、紡績工場が閉鎖され、記念館が出来た直後だった。

だが、鍵を開けることができなかった。

「私は時空の波には乗れるのだが、同じ次元内での移動は出来ないのだよ……」

仕方なく、周りに散らばっていた針を集め、鍵の材料にすることに
した。

大体の形状はわかっていたが、あとでどうにでも出来るよう、基本スタイルとして、この時代の金銭である100円玉にしたようだった。

ミシェルは、一度目の帰還時、時空の波を超えながら、時空の歪みを利用して、ドアの外に時空のポケットを作った。

最悪の場合である、鍵が合わない時は、再び時空のポケットからこの世界へ出ようとも考えたようだった。

「同じ世界に、短期間で時空移動をした為か、二度目は空間の歪みがひどく、私は鍵を落としてしまった。それがきっと、この世界に落ち、誰かの所有物になり、やがて君たちのもとに鍵が渡ったのだろう」

この100円玉は、コンビニで貰ったお釣りだ。

あたしは、ミシェルの掌にある100円玉をまじまじと見詰めた。