ピピピッピピピッピピピッピピピッ
電子音が何度も繰り返し部屋中に響き渡り、部屋を埋める。

部屋の中央に机一つ。
そして部屋の隅に棚一つ。
ツルツルピカピカのフローリングは絨毯も敷かずに丸裸。
窓際には人一人分のベットがチョコンと置かれている。
雑貨は所々に置かれているが、其処は到底男子高校生の部屋とは思えない程質素な部屋だった。
モゾモゾと芋虫の行進の様にふかふかに膨れ上がった布団が奇妙な動きを見せた後、中からにゅっと飛び出した腕の先端に取り付けられた手がバンッっと乱暴に目覚まし時計の頂辺を叩く。
同時に電子音がピタリと止まり、布団の中の妙な動きもピタリと止んだ。

静寂の訪れ――かと思えばそうでも無く。

シャッッ――
カーテンを横にスライドさせる爽快な音と、現れた窓から差し込む陽光。
鳥の囀る声に、散歩中の犬の鳴き声。

そして、
「休みだからって怠ける事を許した覚えはないよ。起きなさい、游暎」

まるで母親の様な言葉を淡々と紡ぐ好青年の声。

絹糸の様に繊細で柔らかな毛。
薄く細められた琥珀の瞳。
その瞳に長い睫毛が影を落とし、更に艶めかしさを増す。
凛々しい眉に、形の良い鼻。

『眉目秀麗』
まるで其れは彼の為に存在する言葉である様な――其れ程の容貌を兼ね備えた青年の姿が其処にはあった。

制服らしい衣服に身を包んだ青年は、ガッツリとした体型ではなくともそれなりの体型を保ち、痩せ型でも太っている訳でもなく平均的なもの。

――東雲 上総(しののめ かずさ)
彼の両親は彼の事をそう名付けた。
現在十八歳の高校三年生

溢れ出す才能を余すことなく発揮し、
学年首席にして生徒会長の座に君臨する――正に超人。

上総が布団を引っ張ると、中から「んぐぁッ」とひとつの声が漏れる。
同時に、野生的な鋭い視線が上総を刺した。しかし、其れに屈する上総ではない。
眉一つ動かす事ない上総は唯々ニッコリと笑みを浮かべるだけで、軈て諦めたのか中からモソモソとひとりの青年が姿を現した。

擦ったばかりの墨の様な黒い毛は寝癖で芸術的な爆発具合を十分に発揮し、寝ぼけ眼の黒い瞳は何処か空虚だった。
目尻はどことなく釣り上がり、上総とは相対的に睫毛は短い。
表情(カオ)だけを伺えば正に『野生児』。しかし身体はヒョロリと痩せ型で、骨と皮のみで構成されていると言われても過言ではない程。
それは先天的なもので本人は其れを酷くコンプレックスに思っている。

――東雲 游暎(しののめ ゆうばえ)
先刻紹介を行った東雲 上総の実の弟である。
現在十五歳の高校一年生として、兄と同じ高校へ通っている。

兄とは異なり、溢れ返る量の超人的な才能は持ち合わせていない。
しかし、『運』だけならば可也の持ち主。
其れは兄である上総をも凌ぐ程。
従って、游暎の頭脳は底辺だが、現在通う高校で行われる定期テストで欠点を取ったことは一度もない。
実力で解いたものではなく、適当に直感のみで書かれた解答が見事に正解している事が多く、お陰様で今迄一度も欠点を取ったことがないのだ。
其れでも、欠点ギリギリという事柄を否む事は出来ないのだけれど。

しかし、本来彼の成績にそぐわない高校に彼は通っている。
だから、欠点を取らない事だけでも彼にとっては随分と上出来な事なのである。

游暎はゆっくりと身体を起こし、その場で何秒か静止した後ノソノソと立ち上がり上総の横を摺り抜けようと足を進めた。
が、ガッシリと上総にその腕を掴まれ幾ら足踏みをしたところで身体は一向に前進しない形となった。

「何?」
不機嫌極まりない声色で、游暎は上総に尋ねかける。

「朝の挨拶――確りしないといけないよ?」
「~~ッ!」
そんな事の為に腕を掴んでまで前進を妨げたのか! と叫ばんばかりの表情でキッ、と游暎は上総を睨めつけたが、上総は其れを見ても艷やかに笑うだけ。
游暎は本来言いたい言葉をすべて飲み込んでから、再び口を開いた。

「オハヨウゴザイマス」
「うん、おはよう。」

上総の手からスルリと掴まれた腕が抜け、游暎はそれを確認すると不機嫌にドスドスと足音を立てて部屋を出た。

――朝から気分悪い

嘔吐しそうな気分を抑え込んで、游暎は洗面所へと足を向けた。
今日の『休み』を如何なる方法で充実させようかと頭の中にいくつかの『考え』を巡らせながら。