もう一度、靴を観察する。そして、俺は、修理の見込みをつけた。元の形に直せないことはない。でも、直ったとしても、その靴は、既に限界を超えていて、もう履いて歩くことは出来ないだろう。それほどまでに、彼女は、この靴を履きつぶしていたのだった。

 なぜ?なぜ、彼女は、こんな風になるまで、この靴を履きつづけたのだろうか?
 答えは多分1つだ。この靴は、彼女にとって、特別な靴だったのだろう。だから、どんなに壊れても、どんなに履き心地が悪くても、この靴を履いたのだ。

 あいつがデザインした靴と、全く同じデザインの、稚拙な機能の靴。その靴を、限界まで履き続け、まだ、直して欲しいと依頼した女性。

 俺の中で、あるひとつの仮説が出来上がる。
 あいつが、決して、俺に名前を教えてくれなかった女性。何度聞いても、「名前を口にすれば、逢いたくてたまらなくなるから」と言って、彼が答えてくれることはなかった。あの女性が、そうなのか?彼女こそ、お前があふれんばかりの想いで愛した女性なのか?俺は心の中で問いかける。答えは、多分返ってこない。でも、俺は既に確信していた。俺の仮説は正しい、と。