赤い靴

 ある日、俺は、母の部屋に呼ばれた。母は、生活が落ち着いてからやっと、父の遺品の整理をすることが出来る、と言って、その頃は、ほとんど一日中遺品の整理に費やしていた。

 「これ」
 母は、俺に、あるものを差し出した。それは、父が長年愛用していた道具セットと、通帳、そして靴だった。

「この口座はね、お父さんが、あなたのために開設したのよ。私たちはあんまりよく分からなかったけど、いろんな人に聞いたり、調べたりしたら、留学っていうのはお金がかかる物だっていうじゃない。あなたは何も言わずにアルバイトをしてたみたいだけど、それじゃあ足りないだろうからって。それから、これは、お父さんがすっと使っていてかなり古いものだけれど、だからこそ使いやすいと思うの。このまま誰にも使われないよりは、あなたが使ってくれた方が、天国のお父さんも喜ぶとと思うわ。それから、これは、お父さんが香貴に作った靴なの。卒業祝いに贈るつもりだったのよ。ねぇ、香貴。学校へ戻らなきゃダメ」
  
 良質の革を使った、クラッシックなデザイン。世界に1つしかない、俺の靴。
 一緒に渡された通帳には、かなりの額が入っていた。名義は「アサクラコウキ」。俺の名前だ。

 意図せずして、熱いものがこみ上げてくる。視界がにじんで、景色がぼやける。20歳の俺は、何年かぶりに、嗚咽をこらえきれずに、泣いた。