楽譜を開きながら曲を聞いていると、しるふの澄んだ声が混ざりはじめた

春の舞い踊る桜を思わせるその曲は、切なくも強く咲き誇る桜そのままだ

曲をリピート再生にし、しるふが歌詞カードをもって再び海斗の隣に座る

「弾く前にさ、ちゃんと歌詞を理解して弾いてね」

いや、まだ弾くとは言ってないんだが

と思いながら渡された歌詞を眺める

横からしるふが流れる曲を口ずさみながら海斗の手元の歌詞カードを覗き込む

ふわりと香るカモミールの香りは、そろそろおなじみになり始めた

そのぬくもりが隣にあることも

こうして休日にしるふが突然訪ねてくることも

やっと板につき始めた

ウブを具現化したようなしるふと付き合うなら気長に待たなければならないだろうと思っていた海斗の予想は当たっていた

長かった、そう思いながら思い出すのは、なかなか黒崎先生から脱出しなかったあの頃

敬語とタメ口が入り混じっていた頃

病院では黒崎先生、外に出れば海斗であるようになってやっとお互いを近くに感じるようになったように思う