「――マジかよ」

「……怜二、私もう厭だ怖い……怖いよ」

「……大丈夫だ。暫くは俺が一緒に居てやるから。それにほら、今安田さんが頑張ってくれてるじゃないか」


 そう怜二が言った瞬間だった。


「……ァァァぁエああぁああ!!」


 私の部屋の無機質なドアの奥から、男性の悲痛な叫びが耳をつんざく。やがてドアが開き、人が出てきた。

「……え?」







「許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ」





「やす……だ、さん?」

 信じられない、非現実的な光景が、そこにあった。

 ついさっきまで温情にあふれる僧侶の男性であった人が、今は壊れたラジオのように、ただひたすらに音を反芻するのみの……何か、違うモノになっていた。

 両の目はそれぞれあらぬ方向を向き、足取りはおぼつかず、口は同じ動きを繰り返す。感電したように痙攣を始める。
 
 私達は唖然としていると、魂が抜けたかのように、突如安田さんの体が崩れ、前のめりに顔を地面に押し付ける。

 ――失禁していた。


「なん、だよ、これ」

「………あ……あ」

 その時、私の部屋の中で、黒く、たたずむ何かが、薄くのっぺりと微笑むと、勝手に、勢いよくドアが閉まる。


「ちくしょぉぉおおお!!」


 怜二が魚のように痙攣している安田さんと、硬直している私を引っ張るようにしてその場を後にする。

 ……頭と心の中では、あの女の髪のように、淀んだ何かが絶えず渦巻いている。






 ――なぜだろう。命を強制的に諦めさせられた気がした。