「――え?」
灰川さん……?
「聞こえなかったのか? 止まるんだ、『浅神夕浬』!」
わけがわからず、私はゆっくりと目を開ける。
「あんぎゃややあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そこには、部屋の四方を狂ったように走り回りながら、大口を開けて黒い血液をまき散らす化物の姿があった。そのまま墨汁のような血を全て吐き出したかと思うと、今度は痙攣しながら力なくその場にへたりこんだ。
一体、なにがどうなっているの……?
気づけば、あの厭な圧力も消えていた。
息を切らし、ふらつきながらその体を起こす灰川さんが静かに言った。
「瑞町さん、あなたは『浅神夕浬』じゃない。この化物こそが、『浅神夕浬』なんですよ」
「どういうことなのか……きちんと説明してください」
「……まず、最初の誤解は『媒体』が『臍の緒』であることから、コイツの正体をあなたの母、『浅神箕輪』であると考えたことでした」
「夢の内容とも合致するし、他に考えられる対象なんていないじゃないですか!」
「『浅神箕輪』は、きちんと彼女の墓に祀られています。あなたに罪の意識があるせいで、その事実には気づくことができなかったのです」
「そんな……じゃあ、私を襲うコイツの正体はなんなの!? コイツは……一体なんなの!?」
「……瑞町さん、そいつの『媒体』である『臍の緒』とは、あなたとあなたの母を繋ぐもの。という解釈は間違っていたんです」
灰川さんは、静かに白木の箱を私に差し出すと、中の臍の緒を取り出す。
「『浅神箕輪』は、何度か瑞町さんを守ってくれました。あの寺で彼女から、僕は頼まれたのです『二人を助けて』と」
「『二人』……?」
私と、玲二を?
いや、その時に玲二はもう……。
じゃあ灰川さん?
いや、それも違う。
それじゃあ、まさか……。
「瑞町さんと……――『この化物』をです」
「……コイツを? なぜ……母が?」
「――母だからです。瑞町さん『媒体』の臍の緒は、いくつありましたか?」
――ふたつ。ふたつ、……あった。
ただ欠けていただけなのだと思っていたが、もしあれが個々に意味を持つなら……?
『臍の緒』。『ふたつ』。『二人』。
――そうか。
そういうことだったのか。
「この化物の正体って……私の……」
「さすが、肉親は理解が早いですね。そうです。この化物と瑞町さんは双子の姉妹。あなたの――『姉』なんですよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……。