「――瑞町さんに、責任はありません」

 不意に、私の耳に静かな声が届いた。

「僕の力が至らないばかりに、こんな結果になってしまった。本当に申し訳ない」

「灰川さん……そんなことはありません。責任は全て私にこそあります。全ての諸悪の根源は私自身の存在に関係している。そうなんでしょう?」

「瑞町さん、あなたは史上類をみない程に特別な意味をもつ存在なんです。この一連の事件は根深く全ての運命を巻き込んでいる。……もう、ここで断ち切りましょう。決着をつけるんです」


 私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


  様々な感情が入り乱れ、うねりあげている。破裂しそうだ。

 半ば放心状態に近いのに、嵐のような激流を巻き起こす私の心が、打開できない絶望的な現状をなによりも物語っている。

 今はとにかく、胸の内を落ち着けるようにつとめる。そうしているうちに体の感覚が、少しづつ戻りはじめた。


「……体中が、いたい」

「かれこれ、もう丸一日ほど経っています」


 私は病室のベッドの上で点滴に繋がれ、両手、両足、至る所に包帯が巻かれていた。顔や頭も例外ではない。皮膚の表面は、火山岩のように歪んでいた。

 はは……これじゃあの化物と変わらないじゃない。

 ――これは罰なのだろう。

 罪深い私への、ごく自然なあたりまえの罰。


「その火傷は、普通のものではない。『呪い』です」


 そう言いながら灰川さんも同じように、黒く醜く焼けただれている左腕をみせる。


「僕も奴に掴まれたときにその呪いを受けました。この火傷がある限り、僕たちはもうどこにいても奴に感知され、追い続けられる」

「もう、逃げられないんですね……」

「ええ」

「……なら、潔く呪われて、死にましょう。あんな途方も無い化物、どうすることもできないし……それにどのみち、私にはもう生きていく気力も、意味も、もう――」


「あなたは、岡田さんの最後の言葉をもう忘れたのですか?」


「……。でも、あいつからは……」

「逃げられない。でも、こちらも迎え撃つ準備はできています」

「え……?」

「むしろ、虫に息なのは奴のほうだ。消滅の運命を知っていても尚、ここにやってくるしかないのだから」


 ボロボロに傷ついた体で、彼は自信に満ちていた。

 あの怪物をこの人も見たはずだ。あまつさえ、奴の呪いすらその身に受けているのだ。わかるでしょう? 

 この傷を通して厭でも理解させられる。あの化物の底なしの悪意と、絶望を。それなのに、どうして……?

 ……最初から、最後まで。

 この地獄のような非常事態の中を、彼は平常運転で進んでいく。


 ――そうか。
 
 そうなのだ。

 この人だけは、最初から信念を貫いていた。
 自分を『異質』と解きながら。
 ただ、自分のすべきことを一直線に。


「もうすぐ、夜が最も濃くなる。丑三つ刻です。……きてます、もうすぐそこまで」