――その名を口にした瞬間、獣と成り果てたソレは、自らの耳に指を突き刺す。鼓膜を破壊し、悲痛な雄叫びを上げながら、獣は事実を否定する。耳から、黒い液体が頬を伝う。

 そんなことをしても、意味がないというのに。


「諦めて、もう消えろ。お前の存在は、もう害しか産まないんだ」

「ろろろガガガがガアgろろろっろろ」


  鞭で打たれたかのように、激しくのた打ち回ると、黒く醜い肉塊をボロボロと落としながら、寺を飛び出し、外へと駆けていく。
正視に耐えない。狂気だけが奴 の四肢を支えているのだろう。

 僕もその後を追おうと、瑞町夕浬を抱え、なんとか外へ運び出す。

 ――しかし。

 もうそこに奴の姿はなかった。奴の場合、逃げよ うにも逃げる場所なんて、もうこの世にはないというのに――。

 辺りからは、サイレンの音が鳴り響いていた。誰かが通報したのだろう。こんな田舎でもきちんと救急車は駆けつけてくれるようだ。

 なんとかこのまま病院に直行することができれば、あるいは――。


「……ん……グ……う」


 けたましくこだまするサイレンの音に反応したのか、瑞町夕浬が薄く、その瞼を開いた。


「灰、川……さん」


「……すまない。奴は追い詰めたが、君にも、岡田さんにも被害を与えてしまった」


「……ア……ァ……玲二は……? ……どこ?」


「岡田さんは――」


 言いかけて、彼女は再び意識を失った。



  ――今回、僕は大きな責任、罪を背負ってしまった。


 いくら相手が常識を遥かに超える怪物だったとはいっても、途中まで、僕のやり方は通用しなかったといえる。

 僕の掲げる理論はまだまだ、この世界では未完成な――欠陥品だったということだ。それは嬉しいことでもあるのだが。

 ……そのせいで犠牲を出してしまっ たことは、悔やんでも悔みきれない事実だ。岡田玲二、そして瑞町夕浬にはいくら謝罪しても許してはくれないだろう。

 しかし、後のことは奴を掃ってから考えよう。

 まだ完全に終わったわけではないのだ。追い払ったにすぎない。


 ――この件には、僕の矜持の全てをかけて完全な決着をつける必要がある。



 ――最後の、仕上げに取り掛かろう。





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