今は不利な条件が多い。

 あとひとつ。
 なに かひとつ。

 小さなピースが揃えば全貌が見えてくるはずなのだが。

 『媒体』を捨ててまで標的そのものに執着するこの怨念は、酷く理知的に、しかも存在の全てかけて 殺戮にきている。ここまで強大なヒトの思念は経験したことがない。この状況でもしも奴に見つかったなら。

 ――そのときは、僕も殺されるだろうな。

 まあ、いい。そんなことよりも真相が大切だ。

 それさえわかれば打開できるのだし、僕の麻痺した感情では特に恐怖も感じない。

 互いに存在をかけているんだ。リスクよりリターンを考えるできだろう。


「なるほど……やってくれるな」


  元来た道が、消えていた。大量の土砂が、鯨の群れのように道を塞いでいる。タイミングが良すぎる。明らかに意図的に細工を施したな。よく見ると何本か、燃 えた跡のある木々が倒れている。この雨の中、この燃え方。大木ごと焼いて崩壊させてこの道を崩したのか。もはや『人間』というものから派生した存在とは思えない。


 ――奴の存在そのものが『災害』だ。


「しかし、いよいよやばいな」

 僕達は奴から隠れなくてはならない、が、どうやら この土地に訪れた時からずっと監視されていたのだろう。こうして考えてみると、『媒体』を捨て行動範囲を広げたのも、正体不明の僕という脅威を標的から分 断させやすくするため。焦りを誘い、切迫させることで行動を限定させる。その上で、確実に標的を襲うという寸法なのだろう。こいつはチェスも相当に強そうだ。

 僕は土砂を迂回しながら道を下っていく。今はただ急ぐしかない。そうしながら、同時進行で考え続けるしか道はないのだ。途中何度か足を踏み 外し、背中と腕を打撲したようだったが、転げ落ちた分、距離を短縮できたということにしておく。こんな痛みなど気にしていられない。二人に今迫っている危険は史上類をみないほどに深い絶望なのだ。

 今は、何をおおいても逃げるしか生き延びる方法はない。

 ――しかし、飛び込んできた光景に絶句を余儀なくされた。
 廃寺から、火の手が上がっているのだ。真っ黒な炎と、血潮のように緋い炎が絡み合いながら寺を蝕んでいる。

 ――やられたか。遅かったようだ。
 
そう諦めかけた僕の耳に、男の雄叫びが聞こえてきた。

 まだ、中で二人は生きている。僕は考えるよりも先に燃え盛る寺の中へと駆け込み、突き当りの小部屋へ と直進した。そこから、狂ったような男の咆哮が響いてくる。明らかに常軌を逸しているが、岡田玲二の声に違いない。

 急げ、この先だ。扉に手をかけ、一気に 開く。