「夕浬!大丈夫か!」
叫ぶ岡田怜二とは対照的に、僕は口をつぐんだ。
僕の異質な観察に耐え切れなくなったのか、もうそこには奴の存在を認知することはできなかった。
「――抜けたか……」
かわりに、違和感が集中していたベッドの下に白木の箱がひとつ、ぽつりと転がっている。そこには消えた奴の残穢がこびりつき、陽炎のようにゆらめいていた。それは、予想外の事実を示していた。
「『媒体』を捨てていくとは……」
地縛霊にとってその場所に『留まる』ための特別な物、人、現象。それが『媒体』であり、奴そのもののルーツ。『媒体』から離れた霊体は、長く存在を保つことはできない。これを切り離すということは、心臓を放置していくことに等しい。
セオリーに反するイレギュラーな反応であることは間違いない。
ただ、この場から逃げ出しただけ、ということはないだろう。
つまり、これは、……捨て身の宣戦布告。
短期決戦の意思表示。留まるのをやめ、奴もまた、我々を狙って自ら動くということ。
永く存在し続けることよりも、強烈に、どうしようもく、果たさなくてはならない目的があるということ。
ここまで明確な意思を持つ相手は、初めてだ。
眠れる獅子を起こしてしまったと警戒を強めなければならないが、同時に、この媒体は大きな手がかりだ。
この箱は奴と瑞町夕浬との因果をあらわすもの。
命の標的が僕に移ったこと以外は、今のところ収穫と言えるだろう。
「……灰川、さん。何が……」
「事情はあとで説明します」
「あの……」
「なんです?」
虚ろな瞳を床に向けながら、彼女は消え入りそうな小さな声で話しだす。
「夢を――見たんです。……今、気を失っている時に。昔の、哀しい夢」
僕はその言葉に反応し、目を見開く。
――やはり、収穫は大きい。
「教えてください、その夢の内容。少しも漏らすことなく全てを……ね」

