――もう、日も沈み夕闇が辺りを包み込んでいた。

 富山の片田舎。山と山に挟まれた小さな集落に、私の実家はある。ようやく林道を抜けると整備の行き届いていない砂利の混じった道に出る。見覚えのある景色だった。冬の雨に濡れている田畑が車のライトに照らされていた。

「ここです」

 しばらく道なりに進むと、目的地に到着した。懐かしい、今はただ一人祖母の住む家。なんのことはない、ありふれた日本式の瓦屋根を持つ古い民家だ。
私達は車を降り、玄関へと向かう。

「では、僕はこのまま山の先の墓地へ行ってきます。一旦手分けしたほうが効率がいいでしょう」

「え? 一緒に祖母に会わないんですか?」

「今回の『媒体』に関してその正体を掴む為には他にも必要な要素があるんです。岡田さんと瑞町さんは実家で真実と『媒体』について探ってください。僕は話に聞いた瑞町さん実母のお墓を見ておきたい。どのくらい時間が残っているのかもわかりませんし」

「え?」

「正直、奴が「『媒体』を捨てるのは予想外でした。自ら僕達に自身の弱点をさらけ出したわけですからね。しかも地縛霊が因果のない空間をそう長く浮遊していられるものではない。時が経てば自然に奴は無に還るでしょう」

「消える? それなら……」

「しかし、それは逆に奴が背水の陣を敷いてきたとも捉えられる。短い猶予の中で、確実に瑞町夕浬を殺しにくるでしょう。こんなケースは初めてだ。実に興味深い。が、向こう以上にこちらにも余裕がない」


 切迫している状況なのに、どうして薄く笑みを浮かべているのですか……?


「だ、大丈夫なんですか……?」

「早急に真実に迫るしかありません。今、奴の敵意は恐らく僕に向いている。近いうちに必ずもう一度瑞町さんの前に現れますが、その前にこちらの準備を整え、迎え撃ちます。そのためにも今はリスクを犯してでも別行動にするべきと判断しました」


  この人は、そんな危険な現状においても尚、当初からの平静を保っている。いや、それどころか……。どういう精神構造をしているのだろう。その冷静さは、お よそ通常の『人』からはかけ離れている。

 異常、異端、異質――。

 もっともそうでなければ立ち向かうことも敵わないのだろうが、拒絶を起こす程に、嫌悪感に も似た驚きを隠せずにいた。