福岡の5月は、もう夏に近い。今日みたいな晴天の日は、軽く汗ばむほどの陽気だ。
あたしたちはアイスコーヒーを買った。
冷たい缶を頬にあてて、その冷たさを少しの間、味わう。
聡司は缶コーヒーのリングプルに指を掛けながら、
「そろそろ話す気になったか?」
と言った。
「そうね・・・何が聞きたい?」
といいながら、あたしもコーヒーを開ける。
「婚約解消した理由。」
あたしは海をみながら言った。
「・・・あたしが、悪いんだと思うわ。あたし・・・好きだっていう気持ちが、よくわかってなかった。好きっていわれたのが嬉しくて、将来が安定してホッとして、舞い上がってたのね。でも、嬉しいっていう気持ちイコール愛することじゃないって、今頃になって気が付いたの。・・・彼には悪かったと思ってるわ。でも・・・愛していないのに結婚するなんて、出来ないの、どうしても。」
聡司は、
「そうか。」
とつぶやくと、しばらく黙ってコーヒーを飲みながら海を見ていた。
あたしもコーヒーを飲みながら海を見ていた。
「聡司・・・。あたしがしたこと、間違ってると思う?」
聡司はひとくち、最後のコーヒーを飲みほした。
「俺は、個人的には、間違っていないと思う。由佳には由佳の、お前らしい人生があると思うからな。・・・ただ、まあこれからしばらくは大変だぞ。・・・相手の人は納得してくれたのか?」
あたしは首を横にふった。
「納得はしてくれなかった。・・・しばらく時間がかかるかもしれない。」
「そうか・・・。頑張れよ。お前の人生なんだから。」
「うん。」
あたしはたくさんの勇気をもらった気がして、胸が熱くなった。
「それじゃあ、これからは進学も視野に入れて、ガンガンしごくか。
由佳の人生の選択肢を増やしてやるのも家庭教師の仕事のうちだ。」
「えーっ」
「えー、じゃない。数学ができれば、受験できる学科の選択肢が広がるだろ。
嫌がらないで頑張れ!」
「・・・はーい、わかりました!」
半ばやけになって返事する。
「その調子。」
あたしたちはふたりで笑った。
あたしの心は今日の空のように澄み亘っていた。