「聡司って、数学にしか興味がないのかと思ってたから。ちょっと意外だったの。」
「人をロボットみたいに言うなよー。俺だって音楽ぐらい聴くさ。」
「だって、どっちかっていうと、電子楽器のほうが聡司好みかとおもってた。
電子楽器なら音も狂わないし、そういう意味では数学っぽいじゃない?」
「そりゃ、足し算、引き算の世界でいえばそうかもな。でも、確率とか、不確実性を扱ってる分野もあるんだぜ、数学にだって。アコースティックの魅力は不確実性だと思うんだ。どんなにきちんと調律していても、本番でどんな音がでるかは演奏者次第だし、そのときの気温、湿度、部屋の音響によっても違いがでるだろ?
ジャズの魅力も同じなんだ。ジャズには楽譜が存在しない。」
「えっ、そうなの?」
「厳密にいえば、メロディーラインとコードだけ書かれたバンド譜や、コードのみのスコア譜と呼ばれるものはあるけどね。あとは演奏者のアレンジにかかってるんだ。アレンジも即興で行われるのが普通だから、再現性があまりない。その不確実性にたまらなく魅かれるんだ。」
いつもの聡司からは想像も付かないほど雄弁に熱く語る横顔が、また私を強く惹きつける。

「コーヒー飲むか?」
「うん。」
「じゃ、どこか喫茶店があったら、寄ろう。」
「ううん、コンビニで缶コーヒー買おうよ。で、どこかに車停めて、海をみながら飲みたい。」
「わかった。」
あたしたちはコンビニで缶コーヒーを買って、海がみえるところまで車を走らせた。