「そういえば、聡司君は数学科だったね。」
「はい。父からは数学なんかより、もっと実務的な学科にしろってうるさく言われたんですけど、どうしても数学をやりたくて数学科に入って。しかも結局、院まで進むって決心したものですから、両親の反対を押し切るのが大変でした。」
「数学科で院まで出ていれば仕事はいくらでもあるもんだよ。大丈夫さ。」
父は励ますように言った。
「そうだといいんですけど。」
聡司は微笑んだ。
「ねえ、聡司。院は忙しいの?」
と母。
「まだはっきりとはわからないんですが、W大の先輩の話だと、教授の研究の手伝いや4年生の卒論の指導など、何かと忙しいらしいです。空く時間がバラバラだからバイトも出来ないらしくて、金銭的にはかなりきついぞって脅かされました。」
「だったら、好都合だわ。時間は聡司の都合に合わせてもらって構わないから、由佳の家庭教師をしてもらえない?時給はちゃんと相場通りに払わせてもらうわ。
ねえ、あなた、どうかしら?」
母は父の方を向いた。
「それはいいな。由佳は卒業したら結婚する予定だから、受験用の勉強は必要ないんだ。ただ、本当に数学で留年しかねないんだよ。しかし高校はちゃんと卒業して欲しいというのが親の本音でもあるしね。誰か適当な人をと思ってはいたんだが、私の偏見で理数系の家庭教師なら女性より男性の方がいいと思っていたし、由佳は婚約者がいる身だから、めったな人には頼めなくてね。」
「ああ、そういえば母から聞いてはいました。由佳が婚約したって。」
聡司はあたしの方を見て微笑んだ。
「うん・・。」
「由佳はいいわよね、聡司に家庭教師頼んでも。」
「それは助かるけど。」
「じゃあ、決まり。早速来週からお願いするわ。」
「僕でよければ。」
聡司が笑顔であたしの顔をみた。
あたしはにっこり笑った。
「出来の悪い生徒ですが、よろしくお願いします。」
あたしがぺこりと頭を下げると、みんな笑った。
あたしも笑った。

こうして、聡司はあたしの家庭教師になった。