最初は、羽村冴香に逢えるだけでいいと思ってた。

逢えたら先生になって欲しくなって、
先生になって貰ったら、今度は演奏会に行きたくなってる。


私の欲求は願いが叶った後も尽きることはない。




あの……メイク・ア・ウィッシュによって
夢を叶えられた子供の中で、今も生きているのは私ともう一人の男の子。


その男の子が元弥くん。



でも元弥くんの心臓は、募金を集めている今、予定金額にまだ届かない現状で
補助心臓でその時を待つしか望めなくなった。



確実に1日、1日と目に見えて調子が悪くなっていく元弥くんと
今も……生きている自分を、比べてしまう。


まだ生き続けている自分への罪悪感は、
モモのことだけじゃないんだ。



自分を奮い立たせるために、その当時頑張ったことすら
今は……罪悪感を抱かせてしまう。



「理佳ちゃん。
 また先生、日本でのリサイタルもスケジュールにいれるわ。

 その時、主治医の先生に許可を貰って
 その会場で一緒に演奏しましょう。

 理佳ちゃんの入院してる病院に近い、大きなステージを抑えるわ。

 先生も、理佳ちゃんに再会できるの楽しみにしてるわよ。

 それでは、2台のピアノのためのソナタ。
 無理のない程度に、今日のお稽古始めましょう」



冴香先生はそう言うと、
私のいるこの空間は、
レッスンモードの張りつめた雰囲気へと切り替わっていった。


45分間のレッスンを終えた時には、お昼ご飯前。


迎えに来てくれた、かおりさんに連れられて病室に戻ると
そこには、リハビリから帰ってきたらしい託実くんと、
最初の頃に来てた友達らしき存在が姿を見せていた。



「おぉ、お帰り。
 
 学校のダチが来てくれてるんだ。
 騒がしくてごめん」



病室に車椅子で入った途端に、
託実くんがそう言って私を迎え入れた。


一斉に集中する視線。




「なぁ、託実。
 何時の間に、そんなに親しくなったんだ?」



そんな風に託実くんを冷やかすように声をかける男性陣の中、
その場にいた唯一の女の子視線は、無言の圧力を感じる。



関わりたくないな。




そう思ったのが本音。

そのまま車椅子からベッドへと移動した。




すると託実くんのベッド周囲に居た唯一の女の子が
私の傍へと近づいてきた。




「こんにちは。

 悧羅校の中等部三学年、陸上部マネージャーって言っても
 もう大会に負けてしまったから引退なんだけど、堂崎美加【どうざき みか】よ」


そう言って彼女は、握手を求めるように私の前に片手を差し出した。

彼女が出した右手に答えるように、向かい合わせに右手を恐る恐る差し出す。
戸惑いながらあげた、私の右手を彼女の右手が迎えに来るように掴み取ると
そのまま彼女はギュっと力を込めて握りしめ始めた。