「理佳ちゃんも理佳ちゃんだよ」




宗成先生はしみじみと呟くと、溜息を吐き出す。





「先生、幸せ逃げるよ」



可愛げがない私が、唯一会話らしい会話を出来る瞬間が、
かおりさんと、宗成先生と話せてる時間って言うのも
確かなこと。



「そうだねー、溜息をつくと幸せが逃げるって話をしたのは
 俺だったね。

 でも、俺にその溜息をつかせたのは誰だろうね。

 目の前に居る、お嬢さん」



じゃれあう様に言葉遊びを続けた後は、
真剣な顔つきになって、宗成先生は朝の診察を始める。


流石に診察の時間だけは、邪魔せずにおとなしくしてるけど
この時間はあまり好きじゃない。




私の命のタイムリミットが18歳だって、
宗成先生が言ったわけじゃないけど、
だけど……この先生たちが、時折とても残酷なことをする存在だって言う恐怖は
私の隣に付きまとっているから。




「眠れなかった?」

「うん。
 夢見が悪かったから」

「理佳ちゃん、理佳ちゃんの心臓は確かに心臓自体の調子が悪いのもあるけど、
 それに追い打ちをかけているのは、理佳ちゃんの心自身だよ。

 先生たちは、物質的な心臓のケアをすることは出来る。
 だけど理佳ちゃん自身が、心を守ろうとしない限りは、ずっといたちごっこだよ。

 何時まで、こんな回り道を続けるつもりだい?」



聴診を終えた先生のお小言。




それに対する私の想いも、罪と罰。



それ以外の何物でもない。




だけど……それを声にすることはあえてしない。





「ねぇ、朝ご飯の後……ピアノ触りに行ってもいい?」

「朝食をしっかりと食べて、理佳ちゃんが
 その後、一時間きっちりと体と心を休めたらいいよ。

 今日は、ピアノのレッスンの日だったよな」

「うん。
 だからレッスンの前にも練習しておきたくて……」

「だろうな。

 先生は理佳ちゃんがやりたいことを、体を理由に辞めさせようとは思ってないよ。
 約束が守れるなら、理佳ちゃんの体と相談しながらやりなさい。

 だけど……絶対に無理はしないこと。
 いいね」



その後、気持ちを立て直してきたらしい遠山さんが、
朝食のトレーを持って病室に入ってくると、
宗成先生が見守る中、最後まで朝食を食べることになった私。



「理佳ちゃん、ご飯が食べられるって言うことは
 生きてる証だよ。

 1時間後、遠山さんに鍵を渡しておくから
 少しの間、休みなさい」