「理佳、おはよう」

「おはよう、理佳」

「お姉ちゃん、おはよう」





夢の中に響き続けるのは、
私の求める幻想。



幻想だって、わかっているのに
その微睡の中に、ゆっくりと手を伸ばす。





微笑み続ける、大切な存在は
私の手掠めることなく、スーッと遠ざかる。




その孤独の痛みに、
私はその朝も静かに涙を流しながら覚醒した。




ベッドの上で、胸に手を重ねながら
自己暗示をかけるように『大丈夫』と何度も繰り返しながら言い聞かせる。



真っ暗な部屋に心が耐えられそうになくて、
何とか鼓動が落ち着いたと同時に、病室のベッドから降りて
窓にかかるカーテンを開いた。



外の明るさが、今はとても優しい。





再びベッドの上に戻りながら、
ベッドサイドのキャビネットに置いてある鞄から、
ピアノの楽譜を取り出して、私はその楽譜に意識を向ける。





もうボロボロになってしまった私の支え。





モーツァルト レクイエム ニ短調。


この曲と向き合った時間の数だけ、
書きこまれた演奏チェック項目の数々。


そんな私が生きてきた足跡を辿るように、
その文字の上をゆっくりと指先で辿る。