「膝が痛み始めたのは、二週間前の夜。

 テスト前で部活が出来なかったから、
 夜、テスト勉強の合間に涼しくなった時間を見計らって
 家の近くを走ってた。


 公園とか、そこに続く山道とか。
 その時までは、余裕だったんだけど雨が降りだしたときに
 足滑らせて、階段から落ちた。

 その瞬間は、ボキって言うかバキって言うか音はしてやっぱり痛かったんだ。

 けど…その後暫くしたら、一応動けそうだったから歩いて帰ってきた。
 親父たち、二人とも家に居なかったから、湿布はって寝た。
 
 膝付近が腫れて、膝が曲げにくかった時間もあったけど
 テスト期間に入ったし、練習がなかったから大人しくしてたら
 いつの間にかおさまってた。

 だから練習続けられるって思ったんだけど」



気まずそうに告げる言葉。



松川先生は俺の話を聞きながら、
複雑そうな表情を見せた。



「あのさ、もうすぐ陸上の全国大会なんだよ。
 だから何とか出れるようにしてくれよ。

 普通に日常生活送れるまで落ち着いてたんだ。
 なのに……なんで今更なんだよ」


俺自身が悔しいのと、
自己管理すら出来なかった俺の未熟さ加減と……
結果を残せない苛立ち。

何もかもが思い通りに行かない現実の怒りを
責任転嫁するように、俺は声を荒げる。


荒げることしか……発散させるすべを
持ち合わせていないから……。





「託実っ」


親父は嗜めるように俺の名を呼ぶと、
車椅子のロックを外す。



「松川先生、MRIとニーラックスですね」

「そう言うことになるかな。
 僕は先に、検査室の方に行ってきます。

 託実君はお父さんと一緒に少し心を落ち着かせて来てください」


そう言うと、松川先生は処置室のドアを開けて部屋から出ていった



松川先生が開けたドアの隙間から、
一瞬、一綺兄さんと裕真兄さんと視線があった気がして
慌てて俯く。




「アナタ、松川先生はなんて?」

「薫子さん、託実は今から検査」

「あぁ、そうよね。
 そうね……」




母さんはそう言うと、
廊下に設置されてあるソファーに腰を下ろしているような気配がした。



「一綺くん、悪いけど薫子のこと頼んでいいかな?
 
 今まで体調崩すことすら殆どなかった健康優良児の託実だから、
 薫子、免疫ないんだよね。

 良かったら今日は、綾音【あやね】の屋敷に連れてってよ」



親父がそう言って一綺兄さんに声をかけると、
暫くすると、「託実、また様子を見に来るよ」っと声が聞こえて
足音がゆっくりと遠ざかっていった。