北校舎三階の誰も近寄らない「魔の図書室」と呼ばれる図書室がある。もうすぐ取り壊される予定の北校舎は、薄暗くてとても古びた建物だった。

「魔の図書室」の本棚を整理して、新しい南校舎に造られた図書室に、書籍を移動させる。という重要な役割を任された(ただの雑用)図書委員会に所属する僕は、せっせと作業に取り掛かっていた。

歩くと床からミシミシとまるで悲鳴が聞こえているかのように、音がする図書室。ツンッと少しクセのある臭いがするお世辞でも綺麗だとは言えない書籍。そして、誰にも読書を邪魔されずに済む薄暗い空間は僕のお気に入りだったのに。

寂しい気持ちを抱えながら、今日も普段通りに図書室に向かい、書籍整理の作業を済ませ、日が暮れる頃には図書室を立ち去る。という平凡な予定が、まさかこんなにもあっさりと崩れさってしまうなんて思ってもみなかった。


「ねぇ、矢原陽翔(やはら はると)君?」


甘ったるい魅惑的な声で僕の名前を呼ぶのは、目の前でニコリと綺麗に笑う名前も知らない女性。真っ白な肌で短めの赤いチェックのスカート、ふわふわの巻髪からは甘いコロンの匂いがする。

ぷるぷるのピンク色の唇が薄っすら開いて、溶ろけそうなほど甘ったるい声で何を話すのかと思えば。女性の一言にゾクリと背筋が凍り付き、それと同時に生命の危機を感じた。


「お姉さんとイケないことしない?」


--------は?