嘘と微熱と甘い罠


時間にしたらほんの数秒のこと。

でも、私には何時間にも感じられるような長い時間だった。

逃げ出したい、この場から離れたい。

そう思うのに、脳は足に動けと命令を出してくれない。

それどころか目を逸らすことすら許してくれなかった。





「…天沢、行くぞ」

「ちょ…っ、相良っ!?」





沈黙を破り、先に動いたのは相良の方で。

笠原さんのネクタイから手を離すと。

私の腕をグイッと引き、階段を上がっていく。

私はそれにつられるように階段を数段上がった。

その時。





「天沢」





相良に握られている手とは反対の腕を掴まれる。

その感覚に振り返ると、眉間に深々とシワを寄せた笠原さんがこっちを見上げていた。





「お前が好きなのは俺だろ?」

「え…」





何を言ってるんだろう。

笠原さんとのことは終わりにしたいんだって。

私、さっき言ったばかりなのに。

笠原さんだって、結婚するんでしょ?

それなのに…。