嘘と微熱と甘い罠


「…ごめん」





笠原さんはそう呟くと、私から離れた。

そしてそのまま。

「用事を思い出した」とだけ言って。

背中を向け、元来た道を戻っていった。





暗い路地裏に残された私は。

その場にへたり込みそうだった。





いつもの笠原さんじゃない。

笠原さんはいきなり盛って路地裏に連れ込むような人じゃない。

でも。

いつもと違うのは笠原さんだけじゃなかった。





笠原さんに抱かれたくて仕方なくて。

自分から誘うような言葉を並べたこともあるのに。

欲さなかった。

笠原さんに会っても触れたいとか、キスしたいとか。

そんな感情は湧いてこなかった。

それどころか。

全く違うものが頭を占拠し始めた。

それに気づいたのか。

それともこんな場所で、と我に返ったのか。

服が少し乱れただけで。

笠原さんはそれ以上は事を進めなかった。





「…冗談にもならないでしょ…」





頭を占拠したものを追い払いたくて。

私は力なくフルフルと頭を振った。