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「あ…久しぶり」

カランカランと乾いた音をたてながら閉まるドア。

2年前ぶりの再会だった。
昔よくふたりで行っていた裏道にある喫茶店で。

私はストローに口をつけたまま、読みかけの本を閉じるのも忘れて彼をただ見つめた。

2年前、彼の転勤でだんだんと疎遠になった上、風の噂でそこで出会った女とデキ婚したと聞いていた。
もう二度と会うことのない人になるのだと思っていた。

それなのに、目の前に彼がいる。

ライムがほんのり香ったソーダ水を口にふくみ、パチパチと弾ける炭酸を喉に流し込む。

「そうだね、元気だった?」
「んーまぁ…そこそこかな」

眉を顰めながら笑う姿に、2年前抱いていた気持ちが蘇る。

私は彼のことが好きだった。
今、目の前にある笑顔が大好きだった。昔は。二年前は。

「秋になったと思ったら、まだまだ暑いなー」
「うん、暑いね…」
「あ、だから髪結わいてるの?」

ひとつに結われた私の髪を指先でなぞる彼。
壊れやすいものを触るみたいに、優しく指に絡める。

頬が熱い。
少し俯いて、グラスにできた水滴を見つめる。

「そうだけど…変?」
「変なわけないだろ、ただ伸びたなーって思って」
「当たり前じゃん…」

だって2年もたってるんだよ。
伸びない方がおかしいじゃない。

「そりゃそうだよな」

彼は『はは』と短く笑い、アイスコーヒーを飲みながら私に一枚の紙切れを差し出す。

1000円割引と大きくかかれた居酒屋のクーポン券だ。

「本のしおりに使いなよ」

本を開きっぱなしだったのをそこで思い出す。
それを207ページに挟んで、ゆっくり本を閉じる。
読み終わるまであと30ページほどだ。

「あと少しで読み終わるから、連れて行ってよ」
「え…?」
「…居酒屋」

彼は『もちろん』と私の大好きだった笑顔で笑った。

まだ夏は去らないらしい。