「……?別に何も忘れてないけど?」


あくまで冷静に。

ナオのほうをちらっと見てから、素知らぬ顔で足を進める。


「えーっ?嘘だぁ。ちゃんと覚えてるでしょ?龍ちゃん、記憶力だけはいいんだから。」


“だけ”って…失礼なやつだ。


「さぁ…?何かあったっけ?」

「ちょっ…龍ちゃん?」


焦ったようにパタパタと追い掛けてくるナオをかわして、俺はリビングの扉を開けた。


「おっ…うまそう。」


リビングに入るなり漂ってきたいい匂い。

テーブルを見れば、ナオが作った本日の夕飯が並べられている。


ナオは父子家庭だったから。

こう見えて、料理はもちろん、家事全般を難なくこなしてくれている。

ホント、普通にしていればいい“お嫁さん”なんだけどなぁ…


「さ。まずは飯にしようぜ?せっかくの料理が冷める…」


窮屈なスーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めながら。

ナオを振り返った…瞬間。


「なっ…」


いつの間に?

気づけば、背後に迫っていたナオ。


ネクタイを掴む俺の手元をぐいっと引き寄せて…



「“ただいま”のキスが先でしょ?」