オクターブ ~縮まるキョリ~



「うっ!」


顔を真正面から押しつぶされて、リアルな呻き声が自分の口から洩れる。
痛みが走った顔をおさえたまま、私はその場にしゃがみ込んでしまう。


「ごっ、ごめん樫原!!」

「詩帆ちゃん大丈夫!?」


いくつかの足音がかけよってきて、声が上から降ってくる。
私はまだ、顔をあげられない。
鼻のあたりがジンジンと痛む。


「ちょっと、見せて」


そんな中、誰か私の横でしゃがむ気配がする。
そして手首を優しく掴まれ、顔から離される。


うっすらと目を開くと、春瀬くんの緊張した顔が間近に迫っていた。


「は、はる……」

「詩帆ちゃん、鼻血!」


春瀬くん、と言おうとしたところで、由美ちゃんが声をあげる。
はっと驚いて自分の手の平を見ると、確かに赤い血が付いていた。


その瞬間、私は痛みよりも恥ずかしさを覚えた。
クラスメイトに囲まれて、鼻血を出してういるなんて。
しかもそれを、こんな至近距離で春瀬くんに見られるなんて。


自分の鼻を隠そうとした矢先に、それは別の手によって阻まれた。




「俺、樫原、保健室連れてくから」




春瀬くんの少し大きくて骨ばった手が、私の鼻にぴったりと添えられていた。
体温の高い、熱い手の平が、私の唇に微かに触れる。



春瀬くんの手が汚れちゃう。
そう思ったけれど、こんな事態にうっかりときめいてしまう自分も居て。



目が回るような感じがして、心地いいような気持ち悪いような感覚の直後、
私の視界は端から段々と暗がりに浸食されていった。