真っ暗にいた
ずっと昔から……

少女は人間だった。
しかし、人柱として土に埋められた。
それ以来、ひとりぼっちだった。
もうすでに、人間ではない。
少女はいつも泣いていた。

「……だれかいないの?」

声は冷たく響く

誰もいない

誰も

誰も


「ここにいますよ。」


ふと、明かりが灯った。

少女は手を伸ばした。

「悲しいくらい冷たいです。ずっと、寂しかったのでしょう?」
手に触れた明かりは言った。
少女は泣きじゃくった。

「傍に……いて。」
そして、少女は縋るように言った。


ここは、日本とよく似た国

古より、年に1度だけ国王の居城の地下に少女を埋める儀式があった。
人柱となる少女の家庭には、金貨が贈呈され、税金が半減した。
なので、民は挙って少女を人柱として国に捧げた。

目が覚めると、知らない場所にいた。
周りを見回すと、そこが神社だと分かった。
「目が覚めましたか。」
声がする方を見ると、男性がいる。
小柄な優男という感じだ。
腰には刀があった。
そこから考えると、時代は現在よりも大分前なのだろう。
「あなた……だぁれ?」
「あぁ。そうですね。」
そう言うと、男性は笑う。
「私は市川刑部大輔道長です。」
「刑部?」
それは、少女が聞いたことがある名だ。
確か、罪人を裁く役割をする奉行の1人だ。
「あなた……お役人?」
「よく知っていますね。」
市川は笑った。
「今は、ここの領地を頂き、治めています……知識があるということは、貴方は名のある名家の生まれですか?」
「わたしは……」
少女は自分を思い出そうとした。
しかし、出来ない。
「わたしは……わたしは……っ」
少女は自分の頭を掻き毟るように掴んだ。
「真っ暗で思い出せない……いや……いや……」
「だ、大丈夫ですか」
「いやぁああああっ!!」
慌てる市川を無視するように、少女は叫んだ。
そして、爪を立てて、自らの白い肌を引っ掻く。
白い肌に赤い筋がいくつもできるのを見て、市川は少女を抱き締めた。
「やめて下さい!」
市川が叫ぶと、少女は首を激しく振った。
「大丈夫です。無理しなくていいですから。」
「だい……じょうぶ。」
そう言われた少女は少しして落ち着いた。
「……ひとりぼっち」
ポツリと呟く。
そして、泣き出した。
「だれもいない。だれもいない……」
「……」
(記憶喪失か?)
市川は少女を見た。
「真っ暗……ひとりぼっち……寒い、寒い……寒いよ……怖いよ……」
少女は泣く。
「私がいます。」
気付けば、市川はそう言っていた。
「ほんとう?」
少女は市川にしがみついた。
市川は頷く。
「一緒に居ましょう。もう、独りではありませんよ。」
「わたしとずっといるの?」
「はい。」
市川ははっきりと頷いた。
「ありがとう……」
少女は笑った。

それから、2人は共に暮らしていた。
少女は市川の父親の養女という形で、名を“彩姫”と付けた。

市川は公務に勤しみ、遅くまで働くことがあったが、必ず、屋敷には帰ってきた。
彩姫もそれを知っていたから、帰ってくるのを待っていた。
時々、寝てしまうこともあるが、それでも彩姫は市川を待つ。

市川は出かける時に彩姫に何が欲しいかを聞く。
そして、帰ってくる時に必ず、それを与えた。

彩姫はいつも、小さな折り鶴を頼む。
市川は折り鶴が苦手だったが、不器用なりに一生懸命折った。
その折り鶴が彩姫は好きだった。
けれど、その折り鶴を大切に箱の中に入れていく。

いつしか、彩姫も折り鶴を折るようになった。
そして、一緒の箱に入れる。
市川の折り鶴は見かけは悪いし、彩姫が折る折り鶴の方が何倍も綺麗に出来ている。
でも、彩姫は市川に折り鶴を頼んだ。
こうして、一緒の箱の中に入れれば、市川と一緒にいる気がした。

いつの間にか、折り鶴は箱の中に入りきれなくなった。
彩姫はどうしようかと悩んだ。
悩んだ末に、箱をもう1つ増やすことにした。
折り鶴で一杯になった箱は引き出しの奥に仕舞った。

ある日、市川は彩姫に折り鶴が欲しいと言った。
「わたしの?」
彩姫は不思議そうに市川を見る。
市川は頷く。
「わかった。」
彩姫はそう言うと、折り鶴を折った。
そして、手渡す。
「貴方の方が上手ですね。これでは、折り鶴を今まであげてた私が恥ずかしいです。」
市川は苦笑した。
「恥ずかしくない。わたし、折り鶴……好き。」
「父上や母上の方が上手ですよ。」
「あなたのがいい。」
彩姫ははっきりと言った。
「変わった人ですね。」
市川は笑った。

しばらくして、戦に行くことになった。
市川は彩姫には何も言わなかった。
ただ、一言、“行ってきます”とだけ言った。
彩姫は折り鶴を頼んで見送った。

戦は勝った。
しかし、戦中に毒矢を射られた。
間も無くして、市川は息を引き取った。

葬儀の最中、彩姫は今までの折り鶴を棺に入れた。
そして、土に埋められた市川を見送る。

「なにもみえない……真っ暗……」
少女はポツリと呟いた。

「一緒……ね?」
そう言うと、少女は目を閉じた。

暗闇に点いた明かりは
いとも簡単に消えた。

少女は再び、暗闇で独りになった。

時が経ち、名前も記憶も全て消え去っていっても、ひとつだけ変わらないものがあった。

「また、できた。」
少女は真っ暗の中で折り鶴を折った。