散華の麗人

欄干から身を乗り出す。
(あぁ)
愛してます。
貴方を心から愛してます。
『ですから、私は――』
天から見守ります。
(地に落ちるかも、しれないけれど。)
ふふと笑う。
迫る足音も気にならないくらいに陶酔していた。
過去の思い出と彼のことを考えていた。
それは、まるで甘い夢に溶けてくような心地。
眠るように落ちてしまおう。
そう思っていた時だった。
『お嬢さん。こんなところでどうしたの?』
少年が話しかける。
『まさか、死ぬつもり?』
彼はにっこりと笑って伊井に言った。
『もちろん。』
『じゃあ、最期に事情を教えてくれない?止める気はないからさ。』
伊井は事情を全て話した。
この際、隠し立てする理由もなかった。
自暴自棄だった。
『だったら、死ぬよりもいい方法があるよ。それを聞いてからでも、死ぬには遅くないでしょ?』
少年はニッコリと笑った。
彼は“陽炎”と名乗った。
『僕は傭兵をしていて、それなりに実力はあると自負している。……自分で言うのもなんだけどね。』
『傭兵、ですか。』
『うん。それで、提案なんだけど――』
その内容に伊井は目を見開いた。
それは、八倉景之の妻を殺すこと。
そして、秘薬の情報を奪うことだ。
『妻がいなければ、君以外に愛するひとがいなくなる。そうでしょう?それに、秘薬のことがわかれば君も研究に携わることが出来る。』
そんなこと、今考えれば馬鹿馬鹿しい話だ。
うまい事を言って口車に乗せるにしても、浅はかで現実的ではない提案だ。
それを判断できるほど、冷静ではないことを彼は解っていたのだろう。