散華の麗人

一正は背中に声を投げかけた。
「出発は今夜。向こうには明日の朝に着く筈や。」
そう言うと、一正は箪笥に目を向ける。
「……あんたが此処に配属されているのは一部が知るところになっておる。表向きには隠密や書類を任せているとしている。影武者とは言っておらん。」
「死んだことになっていると聞いていたが?」
「……この城に居る一部の家臣だけにそう言っている。情報が出回ることはない。日常生活する上で完全にあんたの存在を隠し通すのは無理がある。」
「その者の名は?」
「松内、笹川、敦賀、狐子、そしてジジィや。風麗と茶々以外に与吉郎には影武者のことを言っている。」
その言葉に雅之は首を傾げた。
「与吉郎、とはあの小姓か。何でも、親は権力があり後継になる予定だとか。」
「権力がある者は味方につけるべきや。」
一正はそう言うと箪笥から和服を出した。
「わしはあんたの代わりに此処で政務する。」
「ほう。味方さえ欺くつもりか。」
「そうや。あんたも、わしのふりをせい。」
そう言うと、箪笥からいつもの服を出して投げ渡した。
普段は部屋に引きこもっていたので、公に出るときくらいしか着なかった服だ。
多少の抵抗があったが割り切る。
「……狸め。」
雅之は嗤って、部屋を出た。