幻影都市の亡霊

 生暖かい風が吹いている。それなのに心は寒々としている。

 どうして、咄嗟に現界へ逃げ込んだのかは、自分でもわからなかった。王宮へ帰ればユークラフが待っていたのに。何故彼女のもとへと向かわなかったのか、やはり自分でもわからなかった。

 それに、どうして幻界に歪みを作ってしまったのかもわからなかった。本当ならそんなことはないはずなのに……。

 そう、自分でも気づかぬうちにウィンレオの心は傷付いていたのだった。



 どれほどの時間、そこへうずくまっていたのかは知らない。が、ふと自分の前に誰かが立った気配がした。その人物から強い魔力を感じる。おそらくこの家の住人だろう。これだけ鍛錬された魔力なら、どれだけ年老いた魔法使いだろうか――。

「ちょっと、あんた、人ん家の前でうじうじうずくまらないでよ」

 意外にも、声をかけてきたのは若い女だった。ウィンレオが顔を上げた。女はまじまじとウィンレオの顔を見て、

「陰気臭い顔してるんじゃないわよ」

 何故、初対面の女にそんなことを言われなくてはならないのか理解に苦しんだ。女は恐ろしく可笑しな恰好をしていた。右手には大きな釜を持ちながら背中に担ぎ、左手には女の身の丈ほどもある杖を持っていた。だがそんな奇異な恰好は見合わない美しい、いい意味で気の強そうな女だ。

「ほらさっさとどきなさい、邪魔よ」

 いや、酷く自信ありげな、偉そうで、勝気の代名詞のような女だった。反応してやる気分ではなかったので、無視を決め込むことにした。

「ふぅん、シカトとかしちゃうんだぁ?」

 突然、体が動いた。自分の意思とは別に――。

〝俺を操るだとっ!?〟

 魔力も、強い者となれば、そんじょそこらの力では操れるはずもない。だがこの女は人間にも関わらず、世界一の器を持つ亡霊王たるウィンレオを操ったのだ。不敵に笑いながら杖の先をウィンレオに向けている。