風が吹いていた。
あそことは明らかに違う匂い。家の中までに、その匂いが流れ込んでいた。
大きな衝撃の後、しばらく振動して、収まった。
「…………」
女には、わかった。ここは、自分達が暮らしていた場所とは違う。
茫然としていた女の顔が引き締まる。すぐにクローゼットから杖を取り出した。自分の身の丈と同じほどの杖。
女はたっと駆け出し、家の外に出た。ぎゅっと、杖を握る右手に力を込める。左右を見渡す。首を動かすたびに、その綺麗な空銀の髪が風になびく。一つに結ったウェーブの髪が。
「ゆ、ユアファ……これはどうなったんだい?」
女の隣人である初老の女が、怯えたように女に話し掛けた。女は一瞬で表情を和らげ、初老の女の目線に合わせる。
「カルサおばさん、安心して。それほど危ない状況じゃない。町の皆に伝えて欲しい。絶対に町から出ないで。できるだけ、親しい人同士で固まってるのがいいわ。とにかく、全員に行き渡るように、お願い。でも……電化製品は使えなくなってるはずよ、それだけじゃない。科学で造られた物は使えないはずよ。ここは……現界じゃない……」
女の諭すような口調に、初老の女は緊張の面持ちで肯いて、
「ユアファ、あんたこそ何処へ行くんだい?」
女――ユアファ=ストロールは、緊張の表情を取り戻した。
「町を守るわ。でも……ウェインが、帰ってきてない」
初老の女は目を丸くした。
「ウェインが?」
「でも、あの子は大丈夫。私の息子よ」
〝それにこの状況……〟
ユアファは空を見上げた。
見たこともない、視覚に訴えるのではなく、感覚に呼びかけるような色。空だけではなかった。目に見える森も、大地に漂う空気も、全部違う。そして、大気に立ち込める、魔の力。

