幻影都市の亡霊

「場所を変える」

 そう一言呟くと、黒い亡霊は右手を振った。

 すると、突如発生した黒い霧が二人と一匹を包み込んだ。視界が揺らぐ。だが、視界が揺らぐその前に、ウェインは見ていた。白い影が、あの場所に現れていたのを――。

「っ」

 気づいてみると、そこは森の中だった。ただ、どこの森なのか、森のどこなのか、さっぱり見当はつかなった。目の前の切り株には、ちゃっかり黒い亡霊が座っていて、

「さて、自己紹介が遅れたな」
「…………」

 ウェインは、まだぼんやりを続ける頭を放っておいて、黒い亡霊を見た。

「俺の名前は、ヨミ。先ほどから言っているが、王を導きたいんだ」
「……ウェイン=ストロール、と言っても、お前は知っているんだったか……」

 疲れたように、実際に疲れていたが、ウェインは呟き、その場に座り込んだ。ファムもその身体に寄り添う。

「ストロール〈迷える者〉か、変わった苗字だな」
「苗字は、母のものだ」

 短く、吐き捨てるようにウェインが言った。ヨミはぴくりと眉を動かした。どこか緊張さえ感じられた。

「ユアファ=ストロール、か。あの人が、お前の母親なのか」

〝あの人――か……〟

 ウェインは自嘲気味に笑った。

〝異界に住まう亡霊でさえこれか。結局、俺はあの人の息子、でしかないんだ……〟

 しかしそんなウェインのマイナス思考をよそに、

「へぇ、それは面白いなぁ」

 ヨミが笑った。ウェインはヨミを見た。ヨミはその長い脚を組替えると、

「んじゃあ、やっぱりお前はあの方の子供ってわけなんだなぁ。同じ顔だもんな」
「……?」

 ヨミがくすくす笑う。ウェインには意味がわからなかった。あの方――それはユアファのことをさしていないと、すぐにわかった。

 だとしたら、自分は誰の子供だと言われたのだろうか。

 ウェインには、父親がいなかった。厳密には、会った事がないというのが正しいのかもしれない。母は、時々にしかその人の話をしなかったから、恐らくは死んだものだろうと思っていた。