幻影都市の亡霊

「俺にはな、夢があるんだよ」
「……?」

 突然始まった黒い亡霊の言葉に、小首をかしげる。

「亡霊王を、導くんだ」
「ぼうれい、おう……?」

 少年は眉をしかめた。

「そう、王様だ。幻界を治める、な」

「王なのか? 神ではなく? 幻界は、実体の無い者の集まりだろう? それを制するのは神じゃないのか?」

 少年の言葉に、黒い亡霊は首を横に振った。

「神は、全てを創造せし者――。主は導く者だ。一介の亡霊なんぞに、導かれる者などではない。突き進み、立ち止まり、時には戻り、再び進む者だ。王とは、導く者でありながら、導かれる者なんだ。俺は、その王を導きたい。王たる器を持つ者を、この手で王にしたいんだ」

 黒い亡霊が、にこりと笑った。吊り目が過ぎる眼の、目尻がほんの少し下がる。
 晴れ晴れとするような笑顔であった。

 はっと、少年が息を飲む。月明かりで――何か、別のものにさえ見えた――。いや実際、別のものには違いない。するとすぐに黒い亡霊は表情を戻すと、

「亡霊は、器の大きさで力が決まる。お前も、魔法をかじったことがあるだろう? 器の意味は、わかるはずだ」

 少年は頷いた。
 器とは、すなわち許容量。許容量が大きければ大きいほど、魔法というものを自由に使うことができる。すなわちそれが、この現界での、魔法を使える者と使えない者の違いだった。

「そして――世界中で、半端ない大きさの器を持った者が、王となるんだ。亡霊王とな。俺は、そいつを導くためにここに来た」

 少年は、訝しげな様子で黒い亡霊を見た。

「そいつは、人間だった。そして、この町に住んでいた」

 少年ははっとした。大きな器の持ち主――少年の知る限り、一人いたのだ。そして、その人はこの町に住んで――。

 黒い亡霊は、真直ぐ少年を見た。風がやんだ。黒い亡霊の風にたなびいていた髪が、ふわりとあるべき場所に収まる。いろいろな方向に跳ねる髪であった。あるものは内側に、あるものは外側に――。自由な流れが生まれている。

 それは風がなくても今にも動き出しそうな髪だった。