「良かったじゃねーか。
兄貴がまともに戻って」


「はい。兄はあれから休んでた仕事にも復帰しました」


それから田中はふと気付いたことを訊いてみた。


「……そういえば仕事をしてない間の生活はどうしてたんだ?」


「…えーっと、私のやってた株と競馬で一穴当てたお金で何とか…」


田中は呆れるとともに感心した。


「お前って、どんなことがあっても逞しく生きていけそうだな」

「田中君はもし本当にお父さんが居なくなったら、泣いちゃいそうですね」

「んなワケあるか!」

田中は激しく否定した。

「……あん時の俺はどうかしてたんだ」

「――アントキの猪木と同化してたんだ」

勝手に訳する絵里。

田中の頬がヒクつく。

「……今日のお前、悪ふざけが過ぎるぞ」

「すみません、つい楽しくて」

言われてもニコニコと笑っている。


「確かにあの時の田中君はどうかしてましたね。
ありもしない誘拐を本気で信じこむなんて」


すると、田中は「うあー」と頭を抱えて呻いた。


「…ああ。もう忘れてぇ。記憶から抹消してぇ…。

確かに、あの妙な放課後の授業を受けてた間の俺は頭が完全におかしくなってた!
お前の兄貴、変な電波でも発信してんじゃねーのか?」

「そうですね。兄さんは普通の人と考え方がかなりズレてますし。
他人を巻き込む才質に優れていると言われたことあるそうです」

「迷惑な才質だな…。

思えば最初の方に出てきた腕輪の威力も本物だったぞ。家に帰って普通に外せたから良かったものの」

「あれは電磁石を使って作ってみたって言ってました」

「お前の兄貴、中卒とは思えない知識を持ってるな…」

田中はもう感心するしかなかった。