瞬時に数歩後じさった田中に対し、しかしながら、ぶつかりそうになった相手はといえば全くもって驚いていなかった。

まるで山麓の高原を思わせる涼やかな瞳で淡々と田中を見上げている。

そして田中もその相手がよくよく見知った人物であることを認識し、「はぁっ」と溜め息を吐いた。


「……何だ、お前か」

と呟き、半眼で見つめる先には山下絵里が立っていた。

「おはようございます。田中君」

姿勢正しく一礼し、模範のような丁寧な挨拶をする。

「…ああ。おはよ」

田中は頭を掻きながら、何となく調子が狂うな、と思いながら挨拶を返した。

山下絵里は眼鏡のブリッジをくいと指で押し上げながらいつも通りだ。

「まぁここで偶然にも出くわしちゃったことですし、一緒に学校へ行きましょう」

「ああ。そうだな………って、ちょっと待て」

危うくそのまますんなり流されそうになって、田中はぎりぎり押しとどまった。