しんと静まる教室内。
「……記憶喪失」
茫然と呟く教師A。
田中の剣幕に気圧されつつも、その言葉に僅かな引っ掛かりを覚えたようだった。
「……私が記憶喪失だというのか…」
まるで独りごとのようにうわ言めいて呟く。
田中は眼光を緩め、答えた。
「――そうだ。お前は大事なものを忘れてしまってるんだ」
昂っていた声音を下げ、胸倉を掴んでいた手を緩める。
「…お前は意味不明な金星人でも教師でもねぇ。
ただの一般人でフリーターで、身を粉にするほど家族の為に一生懸命に働いている、妹思いの優しい兄貴なんだとよ」
そう言って、斜め後ろを振り返る。
「――で、こいつがそのお前の大事な妹だ」
未だ固まって立ち尽くしている山下絵里を指差す。
山下絵里は急に自分を指差され、驚いたようにびくりと肩を震わせたが、やがてじっと教師Aの方を見つめた。
瞳の奥を微かに震わせて。
千々に乱れる感情をさざ波のように、表情の上を揺らめかせて。
小さな唇はとっさに何かを言おうとして迷うようにつぐみ、しかし祈るような声でその名を呼んだ。
「………兄さん」

