「そ、そーなのか」

田中は彼女の機嫌が悪くなるより先に視線を前へ向けた。


しかしそこで、いつもと同じく、金星人と名乗る教師の珍妙な行動を目にすることとなった。

そしていつもと同じように彼の額がヒクッと動いた。

「……ていうか、そこで何やってんだてめー」


彼が目にしたのは、赤ワインの入ったワイングラスを片手に優雅に佇む教師Aの姿。

教壇には白いテーブルクロスが敷かれ、黒板には一言、白いチョークで「シャレオツ」と書かれている。


「なに。業界人のすなる業界用語というものを、金星人の私もしてみたかっただけさ」

甘い笑みで微笑みながら、田中達に向けて優雅に「チアーズ」と言ってグラスを掲げてみせる。

「…ふふ。どうだ。シャレオツだろ」

自慢げに言う教師Aに、田中の眼は半眼になった。

「…あほか。ここは高級レストランでも何でもねーんだよ。学校の教室で何やってんだ」

「心配無い。これはノンアルコールだ」

ズレた返事を返す教師A。

「どうやらこの言葉は洒落ててオツなことを指し示すそうだ」

自慢げに言う教師に田中は蔑むような視線を投げかける。

「……違ぇよ馬鹿。
オシャレを逆さにして読んだだけだ。業界用語とは大抵言葉を逆さにして読むんだよ」

「……ふむ。なるほど。勉強になった」

教師Aは納得した様子で頷いた。

そしていったんグラスを教壇に置き、そして田中達の方を見据えた。


「では、皆も揃ったことだし授業の方を始めよう。
今日のテーマはずばり『俗語』についてだ!」


「――いいや」

田中はすかさず否定した。


つかつかと教壇の方へ歩み寄り、テーブルクロスの裾を掴むと、それを素早く一気に下へと引き抜いた。


唐突な田中の行動に珍しく驚く教師Aの前で、グラスは倒れることなく教壇の上に残った。

田中は引き抜いたテーブルクロスを乱暴に床に放る。


「――今日の授業のテーマは、てめぇの記憶喪失についてだ」


教師Aを睨むように見据え、はっきりとそう宣言した。