「………はぁ」


田中は溜め息をつきながら、鞄を肩に担いで立ち上がった。


教師Aは「今日は予約していた新作ゲームの届く日だから」と行ってさっさと帰って行った。



田中は教室を出ようとしたところで、ふと気付いた。

眼鏡っ娘の物静かな女子生徒がまだ席に着いたまま何かをしている。


「…お前、何してんだ?」


特に興味があったわけではないが、何となく訊いていた。


「今日の授業の記録を取っているんです」


見ると、山下絵里は黒くて分厚くて小さな、手帳のようなノートにペンを走らせていた。


「そんなもん書いてどうするんだ?」


田中は呆れたように訊く。


「今後の参考にするんです。現状をどうにかするために」


「………参考?」


あの変人教師の妙ちくりんな行動を記録して、一体何の参考になるというのか。

田中は不思議すぎて首を傾げた。


そうしている間に、山下絵里はノートを閉じ、ペンを筆箱へしまった。

立ち上がり、その何を考えているのか読めない目で田中をじっと見た。



「気にしないでください。
ただそうする必要があるから、そうしているだけです。

…私にはその責任と義務がありますから」



それだけ言うと、荷物をまとめて席を立ち、一定の足取りで教室を出て行く。



山下が居なくなった室内にはただ一人田中だけ棒のように突っ立っていた。

未だ頭に疑問符を浮かべ、しばしそこに居続けた。