しかしその日はいつもと違っていた。


なんと、あの教師Aが黒板の前でチョークを手にしていた。

いつも駄弁ってばかりで教師のくせしてまともに授業を行わないと思われていた、あの教師Aが、あろうことかチョークを手にしていた。

たかだかそれだけのことが珍しく思われてしまうほどに、教師Aという人物は怠惰で、変人で、そのうえ何がやりたいのか分からん奴だった。


「……言いすぎではないかね。田中君」

「よく俺の考えていることが読めたな」

「なんの。貴様のすかすかの脳みそぐらい透視能力が無くとも見通せる」

「…ちょっと言いすぎじゃないかな。変人教師」


田中のこめかみは震え始めていたが、教師Aは涼しい顔だった。

手にしたチョークを黒板の上にさらさらと走らせる。


「今の社会は、高齢化社会、少子化社会、格差社会、などと様々に呼ばれているが」

いくつか書いた文字の中で、そのひとつにぐるりと丸を囲む。

「ずばり重要視すべきなのは、”情報化社会”という言葉だろう」

まるっと囲まれた文字は「情報」だった。


田中が肘をつき、手に顎を乗せながら訊く。

「なんで?」

教師Aは、チョークを置きながら答えた。

「今のこの世界で、最も身近で最も利用しやすい」

トンと黒板の文字の上を拳で叩く。

「すでに我らが同胞達がこの”マッスルメディーア”の力を借りていることに、私は気付いてしまったのだ!」