「はぁ…」
放課後、修ちゃんから連絡がきて20分。
『すぐ行くから!』
と言われ、修ちゃんの学校の校門の前で座り込んで待っているのだが、全く来る気配が無い。
夕暮れの蒸し暑さに少し腹が立つ。
襟足はすでに汗で濡れ始めていた。
「あっつ……」
さっきから何度も言っている言葉をまた口にする。
「暑い」と言って涼しくなるわけでもないのに。
ジリジリとフライパンのように熱いコンクリートは、汗が零れると、「じゅっ」という音を立てて蒸発する。
「…30分経ったら帰るか…」
そう決めた矢先だ。
「凛ー!ほんまごめんなぁ!!先輩に捕まってもうて…」
バタバタと修ちゃんが、額に汗を浮かべてやって来た。
「ううん、大丈夫。」
明るい口調でそう答えると、修ちゃんはふにゃりと微笑んで「ありがとぉ」と俺に言った。
修ちゃんの黒髪が夏の生温かい風で揺れる。
つり目で大きな瞳は真っ直ぐ俺を捉えている。
「じゃあ、帰ろっか。」
俺の手を掴んで引っ張り上げた修ちゃんはまた優しくそう言い放った。
修ちゃんは優しい。
けど強い。
大切な人が傷付けられると歯止めが効かなくなる。
その小柄な体からは想像出来ないような力を発する。
だから俺はあんまり修ちゃんを怒らせないようにしている。
ふと鞄に目をやると、ピンク色の紙のような物が、チャックの間からひらひら揺れていた。
「…なんやこれ。」
グッと、それを引っ張ると、「プチっ」と、音をたてて破れてしまった。
「あ…」
その何かは花びらだった。
細長くて、ふわふわしている。
「なにそれー?」
修ちゃんが、花びらをぼーっと眺めていた俺に気付いて、俺の顔を覗き込んで来る。
「あぁ…なんか鞄に入ってた。」
そう言って修ちゃんに、花びらを渡す。
次の瞬間_____
「凛…今日どこに行ったん?」
修ちゃんの手はわなわなと震え、花びらを力強く握りしめている。
「…へ?」
「今日どこに行ったん!?」
胸ぐらを掴んで怒鳴って来る修ちゃんに恐れおののく。
なんでそんなに感情的になっているのだろうか。
修ちゃんは異常なまでの"焦り"を顔に浮かべていた。
「え?学校行って…そのままどっこも寄らんと修ちゃんの学校来たけど…?」
「花畑とかに行かんかった!?」
花畑…?
行くわけないだろう。
俺は花が嫌いなんだから。
「花畑ぇ?修ちゃん知ってるやろ。俺が花嫌いなん。」
そう言った瞬間、修ちゃんは俺から離れ、息を吐いた。
徐々にいつもの修ちゃんの落ち着きが戻っていった。
「……修ちゃん?どうした…」
「いや、ごめん。なんもない…」
修ちゃんは、下唇を噛み締め、何度も瞬きをしていた。
「ごめん。先に帰っといてくれへんかな…」
修ちゃんが、足を止める。
今日の修ちゃんはおかしい。
今日はなにかがおかしい。
でもそのことに触れたら何かが壊れる気がした。
「うん…修ちゃん待っとく。」
振り返って、ニコリと笑ってみせる。
この笑顔は俺が生きてきた中でナンバーワンの作り笑いだろう。
修ちゃんは悲しそうに微笑むと、また「ありがとぉ。」と優しく呟いた。