「あの、おばあちゃんは、もう時期死ぬ」
 シシはパネル画面を指差していった。この人は私とおばあちゃんが知合いと知っているのだろうか。この銀髪無愛想イケメンは。画面に指差す角度が、妙に様になっている。その指に指揮棒を握らせれば、オーケストラをも統率しそうだ。
「え、ちょっと待て!あのおばあちゃんって、駄菓子屋の?」
「寿命だ」
 シシは言い切る。
「だって、まだあんなに元気そうで笑顔だって見せてるし、ほら、入れ歯の出し入れだってしてる」
 私はパネル画面に近づき触れた。触れた瞬間すぐに手を引っ込めた。ドクン。ドックン。なにこれ。心臓の音?おそるおそるまた触れる。やはりそうだ。自分のCカップの胸に触れ、鼓動を確認する。私のは正常に心臓の鼓動はリズムを刻んでいる。でも、おばあちゃんのは、鼓動が弱々しくなってる。ド・ド・ドックン。
「人間は見かけに騙される。元気そうに見えても、それを隠し、生きているものがいる。年寄りになれば尚更だ。少しでも見ていたいんだ。人間は孤独には耐えられない」
 シシの言葉に、私はハッとさせられた。たしかおばあちゃんと暮らしていたおじいちゃんは大分前に亡くなったんだ。昔は、おじいちゃんが入れ歯の出し入れをしていた。その横でおばあちゃんが、「あんた、やめなさいよ」と言って、「わしらには子供がいないからのお。子供とこうやって触れ合って、笑うところがみたいんじゃ」とおじいちゃんが言っていたのを私は思い出す。なんで今更、こんなことを思い出すんだろう。
「記憶が蘇ってきたかな?人間はつい目の前のことにかまけてたくさんのことを忘れていく。どうでもいいことを覚えていて、本当に大事なことは忘れていくんだ。悲しいことに」
 たしかに、ムッとしたり、誰かに馬鹿にされたことは覚えているのに、人に助けてもらったり、何かをしてもらったり、ということはいつしか当たり前になり、忘れていってる。私は思わず俯いた。
「おばあちゃんのところに戻してよ」
「君を?」
「君じゃない。サヤ!」
 私は叫ぶ。
「おそらく君、いやサヤが人間界に戻っても、また死のうとするだろう」
 シシはキッと視線を私に向けた。
「それがわからないのよ。なんで私が死のうとしたのかが」
 私が行った直後、シシは指をパチンと鳴らした。正方形の無数のパネルが一つに合わさる。眩い光が辺りを覆う。思わず私は手で顔を隠した。光が止んだ後に目を開ける。大型の薄膜のパネルに踏切が映し出されていた。
「おばあちゃんは寿命を全うする。それは生きた証だ。だが、サヤ!君は違う。というか君のような人間が非常に多い。たしかに生きていれば辛いこともあるだろう。しかしその辛さに負けるものが多い。生きる希望がないと人は命を落とす。そこに希望や目標がないと無気力に陥り、命をないがしろにする」
 私の脳裏にある光景が思い起こされる。教室。男女共学の学校。中流家庭。そう、私は中流家庭。何かを言われている。「お前、少し親が金持ちだからって調子のるなよ」「生意気なんだよ」調子にのっているわけではなく、それは親が頑張って私が生まれた。意見の正当性を主張した際に、それをひがんだクラスの大半の口撃。「私が好きだったユタカ君奪ったでしょ」その根本的な理由は本人になるはずなのに、私が奪った責任をなすりつけられる。
 そうか、私はいじめられていた。それもかなり孤立していた。別に、金持ちでもなんでもない、ユタカ君だって奪ってない。だって男と付き合ったこともないのに。それにユタカ君は私のタイプでもない。一つひとつの些細な負の積み重ねが連鎖的に私をダークな世界に陥れてった。そして塞ぎ込み、自律神経に変調を来す。
 助けて。
 誰に何を言っても伝わらない言葉。全て訂正は否定として捉えられ、いじめはエスカレートしていく。傷だらけで返ってくる私。親には心配をかけたくないから、傷めつけられた心と体は見せないで明るく振る舞う。それがストレスになり、ある日・・・・・・
「そう。君は自殺を図る」淀みなき声音でシシは言い、「僕らの使命は二つある。一つは死の監視。寿命を全うしたものを死界の上、つまりは天界に連れていく。そして、もう一つ。これは最近できた使命なんだけど、まだ生きる余力があり、かつ自分の使命に気づかないで死のうとする者を救うこと。それが僕ら死の使いの役目だ」と私を見据えた。
「でも、今のまま戻っても私は同じことを繰り返すとでもいうの」
「その通り。今は記憶が部分的だからいいけど、嫌なことを全て思い出したら、ほら、こういう状態になる」
 シシはまっすぐと腕を伸ばし大画面に向かって指を差した。その指先は繊細さが滲みでていた。細くも長い。バイオリンを弾かせたら、誰もが指先に目を奪われそうだ。なんだか私の胸は疼く。