その日の放課後。
奇跡は突然舞い降りる。
「新一くん…」
綾女ちゃんが不安げな顔で
僕の名を呼んだ。
もしかして…
かすかな期待とともに
僕は彼女の少し前を歩く。
僕が彼女を連れてきたのは
屋上だった。
綾女ちゃんにはじめて会った屋上。
綾女ちゃんに恋したのも屋上。
綾女ちゃんと再会して
綾女ちゃんのはじめての涙も屋上だった。
屋上は
僕たちに確かな時間をくれた場所。
綾女ちゃんへの
確かな愛を教えてくれた場所だ。
「綾女ちゃん、話って何?」
自分の心拍数の速さに
自分で驚いてしまう。
僕はこんなにも
君が好きなんだね。
誰にも変えられない
たった一人
君だけを見つめて
生きてきたんだ。
綾女ちゃんの潤んだ瞳が
美しくて
今、幸せだと感じる。
何度も決意したように
口を開いては
口を閉じる
そんな一つ一つの仕草に
思わず見惚れる。
そんな
あどけない淡い彼女の
次に発せられる言葉を
ゆっくりと待つ。
この時間さえ
僕には愛しい。
そして…
彼女は決心したように…
「私、新一くんのこと…
好き。」
大好きな君から
嘘でも夢でもいいから
一度でいいから
聞きたかった言葉が
君の美しい唇から
君の優しい声で
紡がれる。
言えばよかったな、僕から
それが一番最初に思ったこと。
嬉しいし
幸せだけど
彼女に苦しい思いをさせてしまった。
先にいってあげてれば
彼女の不安を取り除いてあげられたかな。
「先に言われちゃったね。」
そう笑うと
彼女はゆっくりと目を見開く。
彼女の瞳が
またさらに潤んで美しい。
彼女の差し出してきた
オレンジ色の箱。
受け取らない理由がない。
好きだ。君が大好きだ。
僕は思わず
オレンジ色の箱ごと
彼女を
工藤綾女ちゃんを…
引き寄せて…
ーーーーーー抱きしめた。
彼女の温もりが
彼女の香りが
すぐ近くにある。
決して触れることができなかった君に
大好きな君に
触れることができるのは
君が勇気を出してくれたからだね。
「僕も君が
好きだ。」
彼女にそう告白した。
綾女ちゃんはまた涙を流す。
嬉しそうな顔をして…
寒い冬だけど
じきに春が来る。
それに今はとっても温かい。
君の隣りなら
春夏秋冬
いつだって
心地良い風が吹く。
僕たちはしばらく
屋上の冷たい風を
感じながら
愛を
抱きしめていた。

