「まあ、黒羽、修学旅行もインフルエンザにかかって隔離された記憶しかないよね」
「え、そうだったんですか?」

 元々、十夜はあまり話をしない。修学旅行の話など、しなくても全く不自然ではないのだ。
 そんなことがあったなど、将也も言っていなかった。

「しかもさ、ホテルに……」
「言うな」

 将也は今なら時効だとでも思っているのか、楽しげに話そうとするが、十夜は絶対に言わせまいと睨んでいる。
 しかし、それで止まる将也ではなかった。

「お母さんとお兄さんがいたんだよね。変装してたから俺しか気付かなかったけど」

 それは悲惨な、紗綾は思わず言ってしまいそうになった。
 修学旅行とは家族から解放されるものであるはずだ。
 だが、あの二人の場合過保護なのではなく、たまたま近くの依頼を受けたついでの冷やかしなのだろう。

「じゃあ、よろしくね。荷物持ちとかに使っちゃっていいから」

 笑顔の将也に見送られ、紗綾は王子喫茶を後にするのだった。